[ 銀色カフェの日常 ]





「・・・今日は何がいいんだ?お嬢さん」
「知盛!どうしてそう・・・いらっしゃいませ。どうぞお好きな席へ」
 

 カフェ・デ・プラタは、今日も暇だ。
 場所が悪いのか、マスターの性格が悪いのか、アルバイトの要領が悪いのか。
 一部の熱狂的なファンに支えられて営業は続いていた。


「こんにちは、将臣くん。今日のお勧めは何?」
 メニューと水をテーブルに置きながら、常連客の質問に答えようと考える将臣。
「その・・・今日は・・・・・・知盛!今日のお勧めは?」
 カウンターの中から、気だるそうに知盛が肘をついた姿勢で返事をする。
「さあ?今朝は・・・・・・チーズケーキは焼いてみたが。コーヒーはいい豆が入ったぜ?」
 そのまま注文も受けていないのに、豆をミルへ入れ始める知盛。
 一応ここのマスター。愛想がいいのか悪いのか、人によって態度が違う。
 
 少なくとも、は気に入られた部類だ。
 気に入られなかった客は、二度とここへはこない。
 常連になれば知盛から声をかけられるが、それ以外は店へ入っても静かなものだ。
「あら。じゃあ・・・・・・将臣くん。時間がかかってもいいから、バケットサンドがいいな。お腹が空いてるの」
「げっ!俺が包丁巧くないの知ってて言うんだもんな〜。は意地悪だよな」
「こ〜ら!お客様が食べたいって言うものを作るのは当然!」
 にっこりと将臣に微笑みかけると、大き目のバッグからパソコンを取り出す
 
 最近は午後オフィスを抜け出しては、ここで仕事をするのがの習慣。
 静かだし、客も少ない。第一、知盛と将臣の遣り取りを見るのが楽しい。
 
 しばらく店内は音が落とされたBGMの中、がパソコンのキーを叩く音だけが響いていた。



「イッ・・・てぇ!!!」
 忘れた頃に発せられるのが将臣の声だ。
 器用そうに見えて不器用な将臣は、包丁使いが巧くない。

(今のは・・・トマトでも切ってたのかな?)

 が注文したのはバケットサンド。
 昼に来た時に注文するうちに、中へはさむ物を覚えてくれたらしい将臣。
 いちいち言わなくていいのが嬉しい。
 レタスは手で千切れる。
 が、トマトにハム、チーズとキュウリが将臣の手を煩わせる。

「あっ、クソッ!」
 今度は何かと思うが、未だに知盛が手を貸さないところを見るとハムが分厚いだけだと想像する。

(ハムとチーズは薄い方が好きなんだけどなぁ・・・・・・将臣くんの斜めも楽しいのよね)

 将臣がキュウリを切るのには知盛が手を貸すだろうと、一度パソコンのデータを上書き保存する
 そろりと顔を上げれは、包丁を握り締め、何かに挑むような目つきの将臣が目の端に捉えられた。

(あはは!キュウリだ〜。斜め切り、出来ないんだよね〜〜〜)

 将臣が切るキュウリは、限りなく輪切りに近かった。
 そもそも、角度が間違っているのだから、失敗したキュウリは酢の物でも作るしかない運命。

「バ〜カ。こうだ・・・・・・」
「うるせえ!気合入れてたんだよ!」
 知盛がキュウリに指し示した角度を守れれば、美しく切られるはず。
 
 包丁がまな板に当たる音が怪しくなってきた。
「・・・んお?!っかしいな〜〜〜」
 そこにあるのは、ただのキュウリの輪切り。
 途中から角度が変わってしまった末路。

 それを見た知盛が大きな溜め息を吐く。
 サイホンに豆を入れてセット済みのため、しばらく時間が空くのだ。
「・・・クッ、これは、これは。芸術的だな?」
 知盛がキュウリの端を持って持ち上げると、見事に最後まで切られていないソレは七夕の飾りの様。
「ウ、ウルセーーーー!どうせ食うのはだから、いいんだよ!」

 堪りかねたが、二人の遣り取りに口を挟む。
「ちょっとー。将臣くんたら、どういう言い草なのかしら〜?誰が食べるんでしたっけ?」

「うっ・・・聞いてたのかよ」
 将臣がバツの悪そうな表情になる。
「聞こえましたぁ〜。私が食べるから、キュウリ一本まんま入れようとしたでしょ?あんまりじゃない、ソレ」

 知盛が口の端を上げて笑うと、将臣の頬にキスをした。
「・・・クッ、そう意地悪いうなよ。将臣にはこれが精一杯だ」
 別のキュウリを手早く切ると、失敗したキュウリを切りなおしてサラダに仕上げる知盛。
 豪華ポテトサラダに変身した。
 将臣がいつ失敗しても大丈夫な様に準備されているのがいかにもだ。
「お嬢さんには・・・繊維とビタミンをサービス・・・だな・・・・・・」
 少々キュウリが多めのポテトサラダではあるが、美味しそうだ。

「わ〜い!これがあるからバケットの注文止められないのよね〜」
 先に美味しそうに頬張り始める
「くっそ〜〜!いつかが驚くようなサンド作って見せるからなっ!」
 せっせとフランスパンに材料を並べる将臣。手元はかなり危なっかしい。
「期待しないで待ってるわね!」

 知盛はもうアルコールランプを外してコーヒーを入れるカップの準備をしている。

「っうかさ〜。どうして俺を試すかな〜、巧くないの知ってるのに」
 ぶつぶつと文句を言いながらもトッピングが終わった将臣は、またも大きく深呼吸をして包丁を握り締める。

「あれだね〜。最後の最後に失敗しちゃう将臣くんのバラけたバケットサンドの味が忘れられないからかな〜」
「何だよ、ソレ。どんな味覚してんだか・・・・・・うおっ?!」
 将臣の頬が引きつる。

「・・・・・・いいよ。フォークもあるし。あれだね、将臣くんに頼むとさ。パンと具がバラバラなのがいいんだよ」
「・・・クッ。ほら、将臣。コーヒーも入ったぞ」
 将臣と自分の分もコーヒーを入れると、カウンターで先にコーヒーを飲む知盛。

「ありえねえだろ?知盛が客より先に飲んでるのが。つか、俺は仕事してるんだから、知盛が運ぶべきだろ?」
 せっせと皿へ盛り付けながら、将臣は言いたい放題だ。
「・・・まあ・・・先に味見しないとな?」
 それ以上は話すつもりがないらしく、静かにタバコに火をつけた。



「はい、はい、はい。知盛が雇い主だからな。逆らえねえしさ。はい、お待たせいたしました。将臣スペシャルサンドと
マスター自慢のコーヒーです」
 テーブルに置かれたコーヒーは、とても良い香りを辺りに振りまいていた。
 バケットサンドの方は、見事にトマトが飛び出し気味。

「じゃ、ここに座りなよ」
「おう!休憩だな」
 の向かいの席へ腰を下ろしてコーヒーを飲む将臣。



「ね、ケーキもつけてよ」
「はあ?!また俺を試してんだろ?」
 将臣が切ると、ケーキのサイズはバラバラになる。
「だって・・・・・・コーヒーのおかわりありそうなんだもん」
 
 将臣が首を傾ければ、知盛がカウンターでコーヒー豆の選別をしている。
「・・・・・・チャレンジャーだな〜、は。高いぜ?」
 はフォークにトマトを刺すと、そのまま将臣の口の前へ突き出す。
「高いよね〜、ホント。・・・ねえ?」
 いかにもこれをどうしてくれるといわんばかりの態度をとると、
「あ〜、クソッ!わかったよ」
 一口でトマトを口へ入れ、そのまま立ち上がる将臣。

「知盛〜、チーズケーキのハーフ。俺のバイト代から」
「・・・クッ、またバイト代が赤字だな?」
 将臣の首が項垂れる。
「ありえね〜よ、知盛もも。まあ、いいか!」
 お金より、時間が楽しいのだ。
 将臣はケーキを切るべくカウンターの中へ入る。



 お越しの際は、マスターの機嫌を損ねないようご注意下さい。
 ただし、アルバイト君は誰にでも愛想がよろしいようです。








(Printing day:2005.09.08)

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