[ 銀色カフェの卯の花腐し ]




 そう強い雨足ではないが、ここ数日の日照不足には切実な思いがする
「今朝も雨だよ・・・傘が面倒なんだよね」
 傘は重い荷物ではないが、片手が塞がれる。
 微妙に邪魔なこの一本を携えて、傘を差すべきか、差さずに走るか。
 駅を降りて判断出来ずにいると、後ろから透明な傘がの視界に入る。
「へ?」
 振り返れば、立っているのは将臣。
「・・・傘、差さねぇから壊れてるんかなって」
「あ・・・別に壊れてはいないんだけど、面倒っていうか・・・・・・」
 会社まではわずかな距離。カフェに寄らずに走れば差さなくて済むなと考えていたために開かなかったのだ。
「傘が面倒ねぇ?それは、それは。今朝は寄らねぇの?」
 将臣にもの考えがわかったらしい。
 道路を渡らずに進めば知盛が経営するカフェへの道。
 信号が変わったと同時に走れば、が勤めている会社があるオフィス街へと行ける。
「だって。これ・・・邪魔なんだよね。なんとなく。それにしても、将臣くんの方が意外。差さないタイプだと思ってた」
 将臣の傘に入ってしまった手前、何となくカフェへ向かって歩き出している。
「ああ。家に帰るならな。一応接客業としては、身だしなみに注意をしろって煩いのがいるからな〜。アイツ、何気に洒落男だし」
「そういうことか。納得。知盛さんらしいわ」
 とにかく隙がない。服装はだらしなく着ているようでいて、似合うものしか着ていない。
 何が違うと聞かれると答え難いが、色も素材も自分に似合うモノをよく知っているタイプなのだ。
「だろ?髪なんて濡らして駆け込んだら、店閉めちまうし」
「は?・・・・・・ああ。そういう事。そっちの方がより納得する」
 つい下を向いて笑ってしまう
 将臣を猫可愛がりしている彼の事だ。風呂に入れたついでに世話をして、ついでに駄賃まで即回収するのだろう。
「・・・トロイくせに、そういう勘だけはいいんだよな。笑うな!」
 の頭を軽く押さえつけてから、店のドアを開けた。



「わりぃ。寝坊した。ついでに、拾物もしてきた〜」
 先にの背中を押して店へ入れると、店内はいつもより人気が無かった。
「・・・おはようございます。知盛さん」
「・・・クッ・・・無理に連れて来られたみたいだな?」
 今朝の心境を読まれてしまった事に、が項垂れながらカウンターへ腰を下ろす。
「だって、雨降ってるでしょ?濡れた傘が嫌いなんですもん」
「傘ねぇ・・・・・・まあ・・・分からなくもないが・・・・・・」
 注文もしていないのに、知盛の手は用のカフェ・ラテを作っている。
「それにね〜?この湿度がだるいんですよぅ。こう・・・もう何もしたくないっ!て思わせるこの湿度が憎いのです・・・・・・」
 言い終わると、パタリとカウンターのテーブルへ突っ伏す。
「・・・お嬢さんは眠い言い訳に雨を嫌っている様だな」
 小さな音がしたので目を開ければ、今朝はアイスのカフェ・ラテが置かれている。
「う〜ん。悔しいけど正解かも。月曜日の雨って、最悪にダルイ・・・・・・」
 時間だけはいつも通りに家を出ているので、寄り道してもなんら問題は無い。
 のそりと起き上がると、お行儀悪く両肘をついて顔を支えながらストローでカフェ・ラテを飲み始めた。

「ど〜して知盛さんは、そう余裕なの?だるくない?」
 いつも気だるそうにしている知盛だが、真実だるそうなのは見た事がない。
「・・・クッ・・・何事もスギないのがコツ・・・だな・・・・・・」
 将臣が片付けてきたカップを受け取りながら、知盛はへなにやらカラフルなブツを手渡す。

「冷たっ!これ・・・アイピローだ。わ〜、どうしてこんなのあるの?」
 さっさと天井を仰いで目を閉じると、目蓋に冷えたアイピローを乗せる。
「生き返るぅ〜〜〜〜〜」
「どっから声だしてんだよ!」
 反り返りすぎのの頭を少しだけ戻すと、将臣が隣へ座る。
「雨だとあんまり客こねぇし、すぐに帰っちまうのな」
 先程までいた数名の客も、雨足が弱まったのを見計らうとさっさと店を後にしている。
 傘を差さないのは、案外重要なポイントらしい。

「まぁ・・・と同じ意見・・・なんだろうな。傘は面倒・・・・・・お嬢さんは口を閉じた方がいいな?」
 知盛がの顎へ手を添えるが、まるで無視である。
 一般の女性の反応とはまったく違うところがの面白さなので、それはそれで知盛の笑いを誘う。

「・・・せっかくリラックスしてるのに、邪魔しないでくださーい。口閉じたら疲れるでしょ〜」
 虫でもはらうかの様に知盛の手を払い除ける。

 将臣も閉じさせようと顎を持ち上げてみるが、またも無視。
サン・・・嫁に行けねぇって、その顔・・・・・・」
 カウンターへ片肘をついての顔を観察する将臣。

「別にここに誰もいないしいいじゃない。・・・もしもカッコイイ人が来たらちゃんと言ってね」
 しっかり結婚は諦めていない事をアピールすると、アイピローを裏返しにして再び寛ぐ。


 その時、知盛指がの口へ何かを放り込んだ。
「うひゃあ!!!・・・・・・あ、美味しい」
「ぎゃははは!馬鹿面だ、。・・・知盛、それ何?」
 を指差して笑ったものの、何を入れたのか気になる将臣。
 知盛は器ごと将臣へ差し出した。
「あ〜〜、シャーベットか。どれ、どれ・・・・・・」
 将臣も一つまみ口へ放り込む。グレープフルーツのスッキリした味わいが口に広がった。
「これ、頭が冴えるかも」
 将臣の手から器を奪い取ると、は次の欠片を口へ運ぶ。

「・・・クッ・・・ペットと変わらんな」
 知盛の言葉に、将臣とは顔を見合わせる。
 お互いに口を動かしており、まるで餌を食べているハムスターの様だ。
「・・・びみょー。褒められてない」
 それでも次の欠片を口へ入れる。将臣も横から手を出して次を摘まんでいる。
 しばらくは大人しいだろう二人を放置し、知盛はの昼用のバケットを作り始めていた。



「そろそろ行かなきゃ。このスッキリ感があるうちなら、頑張れそう!知盛さん、ありがと」
 恐らくシャーベットはサービスだろうと、カフェ・ラテ分の代金を将臣へ手渡すと立ち上がる
「・・・お嬢さん、忘れ物だ」
 しっかり持ち帰り用に準備された手提げを手渡される。
「へ?これ、何?」
 振り回しそうなの手を掴む将臣。
 実のところ、知盛が用意しているのは将臣の位置からは見えていたのだ。
「アホ。芸術品を崩すな。俺のと違って、美しさ三倍だぜ?知盛のバケットサンドは」
 残念ながら、将臣のバケットサンドは現代アートの分類だ。
 まるで店頭のサンプルの様に美しい知盛のものとは似ても似つかない。
「ええっ?!だって、これ・・・・・・」
 注文はしていない。けれど、用意してくれたのだからもったいない。
 一度しまった財布を取り出しかけると、将臣がの手をバッグへ戻させる。
「これはぁ、雨降りで退屈な俺たちを笑わせてくれたへのサービスってやつ?馬鹿面拝ませていただき、さんきゅーってな!」
 昼にが傘を差して外へ出ないで済むように配慮したのだ。
 けれど、それをわざわざ知盛に言わせる必要は無いと、将臣がをからかう。

「馬鹿面って・・・ひどぉーい!いいでしょ、コレ、そういう風に使うものだし」
 がカウンターへ置いたアイピローを指差す。
 さすがに今度は将臣と知盛が顔を見合わせる。

「大体ね、真のリラックスとは、全身の力を抜くものですよ。どう考えても口なんて閉じていられないよ。対面気にしてちゃ偽だよ、偽」
 びしっと二人の方を指差して、声高らかに宣言する

「と、いうわけで。知盛さん、コレ、ご馳走様です!夕方雨が降っていたら、夕飯食べに寄りますね」
 手提げ袋を軽く持ち上げ、知盛にだけ手を振る
「・・・雨が止んだらの間違いじゃねぇの?」
「ダメねぇ、将臣くんは。雨が止んだらスーパー寄れるもの。自分で家で作って食べるよ。それでは!」
 傘を手に取ると、元気にドアを開けて会社へ向かうの後姿を見送った知盛と将臣。



「なぁ・・・知盛・・・・・・」
 ドアから知盛へと視線を移す将臣。
「そうだな・・・ビルの一階までならいいんじゃないのか。職場までは迷惑になるだろう・・・・・・」
「だよな!・・・っかし、傘ねぇ・・・傘って面倒っちゃ、面倒だよな。置き忘れちまうし」
 将臣は、雫がついた傘立てにあるビニール傘を見る。
 結局いつも忘れるので、どこかで調達する羽目になるのが傘なのだ。

「・・・クッ・・・将臣は気が利いてるのか、鈍いのかわからんな。女は足元が濡れるのも嫌なのだろうが・・・・・・」
 将臣を手招きすると、素直に知盛が立つカウンターの前の席に座る将臣。
「髪型が決まらないのも面白くないそうだ」
 本日、広がり放題になっている将臣の髪を手櫛で整える。
「へ〜〜〜。別に、そんなに違いがあるのか?」
 まったく気にしない者には分かりえない心理である。
「夕方には店を閉めるか。・・・将臣は何がいいんだ?」
「やった!俺はなぁ・・・何がいいかな。の分もだよな?」
 知盛のレパートリーを頭の中で思い巡らせる将臣。
「・・・ま、買い物担当は将臣だしな」
「ひっでぇ〜の。結局知盛はさ、雨に濡れないから何も気にならないんだよな〜〜〜」
 文句を言いつつも、買ってくれば美味しい夕飯が約束される。将臣には雨など気にならない。







 雨の日のランチのデリバリーは、一名様限定ですのであしからず。
 銀色カフェの配達担当は一名につき、その他のご注文はお受けいたしかねます───








(Printing day:2006.06.17)

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