[ 君影草の季節は銀色カフェへ ]
「ふっ。・・・今日も止まないとはチャレンジャーな!」
駅を降りて改札口でのの第一声である。
一応は雨空へ向けての発言であり、誰かに勝負を挑んでいるわけではない。
傘を手に持つという行為が大嫌いなにとって、梅雨とは天敵にも近いものがある。
そして、経験は人を成長させる。
背後の気配を探り、将臣がいない事を確認して横断歩道の方向へと足を向けた。
向けたのだが、違和感があり立ち止まる。
は電車の車内で濡れた傘で服が濡れるのが殊更に嫌いである。
よって、雨降りの日はいつもより早く家を出ており、たらたら歩いても遅刻はしない。
「月曜日・・・雨。火曜日も雨。水曜日はぁ・・・寝坊。結構行ってないなぁ」
朝は知盛が経営するカフェへ寄り道をしてからの出勤を常としていたのだが、今週に限っては一度も行っていない。
「どうしようかなぁ・・・・・・あ!」
今時は駅に多少の店があり、また早朝から開いていたりする。
目に付いたモノを購入すると、裏通りのカフェを目指して歩き始めた。
「おはよ〜ございます!」
元気にドアをあけての第一声、店中に声が響き渡る。
「・・・久しぶりじゃん?」
不機嫌な顔で将臣が振り返る。
「だって・・・コレ」
傘を軽く持ち上げて見せると、将臣が盛大に溜息をついた後にドアまで向かえ出てくれた。
「これは傘立てに預かるし。どこでも好きなお席へどうぞ?・・・って、時間あんのかよ?」
「あるよ。雨降りさんだと電車で傘をびちゃ〜って足にされるの嫌だから。早いんだな、これが」
さして自慢にもならない説明をしながら、ほとんど指定席といってもいいカウンター席の真ん中へ座る。
「おはようございます!これはお土産。ここの窓辺にどうかな〜って」
花屋で買ったスズランを知盛へ見せる。
「ほう・・・風流なもんだな。今日は温かい方でいいのか?」
「もちろん!この後会社で冷えるから、先に温まっておくしぃ〜」
湿度が高ければ除湿代わりに冷房が強められる。
世間ではクールビズだの言ってはいるが、実際の社内はサラリーマンのスーツ組みの温度が基準だ。
膝かけなしで仕事ができる温度設定にはしてもらえないのが現実である。
「どうしたんだよ、スズランなんて」
小鉢のスズランは雨にも負けずに凛と咲き誇り、爽やかな香りを辺りに振りまく。
将臣が片手に乗せて小鉢の花を眺めていると、
「君影草・・・・・・幸福が戻ってくるという意味がある花だ」
「そうなんですか?!」
コーヒーをへ出しながら知盛が珍しく知識を披露した。
カウンターから身を乗り出したのは。
「やだ〜。私ったら幸せのお花をあげちゃいましたよ。幸福取り逃がし?!あげたら戻ってこないじゃん」
「クッ、クッ、クッ。その花の意味も知らずに持ってきたのか。まあ・・・逃がしちゃいないだろう」
ついでとばかりに小さなタルトも差し出される。
「わわわっ!ちっさ〜。新製品?!」
しっかり受け取ると、すぐに一口食べる。
「どうよ?それは俺様の新製品」
将臣がの隣へ座る。
「・・・そんな気がした〜。こう繊細さに欠けるんだよね、将臣くんが作るお菓子って」
「いちいち細かいんだっての!他には評判いいのにな」
将臣目当ての女性客に出しても評判はいいに決まっている。
そんな事を説明する気にもなれず、ただ正直な意見を述べる。
「せっかくレモンなんだからさ、もう少しすっぱくてもいいと思うよ?その方がいいって」
「タルトだぜ?」
「甘いものがいい時は激甘のモノを頼むもんだって。爽やかさが足りないんだな〜」
知盛に言われても頷けなかったが、にまで同じ意見をされると考えずにはいられない。
「ちぇっ。なんなんだよ・・・人の自信作」
「うん。タルトがせっかく美味しく出来てるんだからさ、あとはレモンクリーム次第だよ」
今のままではレアチーズ寄りなのだ。味に差が出ないと意味がない。
「レモン絞り汁増量しちゃえば?上からかけちゃうとか」
「は意見はコウルサイのに、行動は大雑把だよな。ドレッシングじゃないんだっての」
かければいいとは尤もだが、デザート菓子は見た目も重要である。
「これを・・・かけてみるのはどうだ?」
知盛がが食べている途中のレモンタルトに黄色の小さな粒を振りまいた。
「なにこれー!可愛い〜!!!」
グミのようで違う。それでいてレモン味の粒。
食べると口の中でレモンが広がる。
「こういうのだよ〜!これは美味しい。ほい!」
将臣に向かってフォークで一口分のタルトを差し出すと、将臣も渋々ではあるが食べた。
「・・・・・・なんか知盛に上手くイイトコ取りされてるよな〜」
「さあな。そのうちいいことがあるだろう」
知盛が指差したのはスズランだ。
「そう、そう。そういえば、さっき知盛さんはアレのこと、君影草って言ってませんでした?」
「ああ。俯いて想い人を待っている様子にも似た・・・ということらしい」
花が下を向いて咲くというのは珍しい。
その健気な見た目でつけられた名なのだが、その見た目に反して繁殖力が強いのが特徴である。
「へ〜。ばあさんには鈴の形だからスズランって教わったけどな」
将臣が花を軽く指で弾く。
鈴ならば軽やかな音色が聞けたことだろう。
「私もそっちかな〜。ただ、スズランとスズラン水仙は違うことくらいは知ってる」
「なんだ?!それ。何か違うのか?」
さすがに花に詳しくない将臣には、いまひとつピンと来なかったようだ。
「あれだよ。葉っぱが違うでしょ?つる〜んって水仙の葉みたいなのあるでしょ?ついでに花も微妙に違う」
「スズランはスズランだろうが!」
「もともとの種類が違うんだよ。スズランはスズラン科。スズラン水仙はスイセン科じゃなくてなんだったっけ?」
冗談の様な二人の会話が続いている。
耳を傾けるつもりはなくとも聞えてしまう会話に笑いが零れてしまう知盛。
そして、に尋ねたいことがひとつだけあった。
「おい。どうして二鉢買ってきたんだ?」
空になっていたのカップに新しいコーヒーを注ぎながら、ようやく二人の会話に割り込む。
「え?あ、ありがとうこざいます。だって、二人にですもん。二人にだからふたつ。変でした?」
「クッ・・・明快な答えだな」
肩をすくめてスズランの鉢を手に取ると、ひとつをいつもが座るカウンターに置いた。
「ここ・・・・・・」
「ああ。指定席だ。将臣はどこに置くんだ?」
いつもながら知盛の行動には赤面させられる。
(知盛さんって、キザなコトしても変じゃないっていうか、返って様になるっていうか・・・・・・)
本当はひとつでは寂しそうで嫌だったのだ。だから二つにした。
それすらも見透かされているようで赤面してしまった。
「俺は・・・水遣り面倒だからな〜。隣だな!近くが楽」
「うわ。それって酷くない?正直に離れたくないとか言ってみれば〜?」
自分の赤面ぶりは棚上げし、将臣をからかい始める。
子供のじゃれ合いになってきた二人を放置し、さっさと奥の部屋へと引き篭もる知盛。
記憶の片隅にある言葉を探すべく、本棚からいくつかの洋書を手に取りページを捲った。
「・・・クッ・・・幸福が戻る・・・訪れる・・・・・・意識しない美しさ・・・・・・」
何故かフランス語で書かれた本が知盛の本棚にある。
知らないはずの言語なのに読めたので、そのまま本屋で買ってきた。
本屋へ行った理由は、異世界の知識を増やすのに本が便利だったからだ。
将臣が寝た後にしばし読書をしていた時期があった。
その時に読んだ一冊───
「花言葉よりも、女が男に花を贈る時に気をつけるべきだな?」
一人ほくそ笑んで栞を挟んでページを閉じる。
店に戻ると、の注文なのだろう。
昼用らしきバケットサンドを将臣が危なっかしい手つきで調理中だった。
「ぎゃ〜〜〜!キュウリが飛んだ!!!」
「そんな分厚いの挟むからだよ〜。飛ぶほど具を詰めるって何事よ?!」
騒々しいのは相変わらず。
「将臣」
本を将臣へ手渡すと、手を洗ってからバケットサンドの続きに取り掛かる知盛。
将臣に任せていてはの遅刻が決定してしまう。
「なんだ〜?!知盛、こんな本もってたか?」
将臣もしらない知盛の本。
捲るとその言語は英語のようで英語ではない。
「・・・このぽちっとかあるのって、フランス語とかドイツ語っポイですよね?」
が疑いの目で知盛を見つめる。
「さあな。読めるようなら栞の箇所を読んでおくんだな」
「読めるようならって・・・何語かもわかんないのに」
将臣とは首を傾げあう。
「出番だぞぉ。現役、がんばれ!」
「そういう時だけ現役とかいうなっ!・・・まてよ?こういうのは譲が出来るか?」
将臣も見た覚えはあるようなといったところだ。
「そぉ〜だ!海外本部に頼んじゃお!知盛さん、この本お借りしてもイイですか?」
知盛が肩を竦めたのを確認して、本をバッグへしまう。
すぐに知盛の手によって修正されたの昼も整った。
「それじゃ!行ってきま〜す!!!」
コーヒーとバケットサンド代をカウンターへ置くと、傘を手に元気に飛び出した。
珍しく雲がきれて雨が上がっている。
「おう!行って来い・・・って、久しぶりに言うと変な感じだな。で?あれに何が書いてあんだよ」
カウンターに肘をついた姿勢で知盛を振り返る将臣。
「少なくとも・・・お前は読めるハズだぜ?辞書、持っていただろう?」
「マジ?じゃあ・・・あれってフランス語ってことか。つか、一年の時の必修なんて記憶にない」
第二外国語は必修科目である。が、将臣はテストが持ち込みOKという理由でフランス語にしたのだ。
記憶にあるわけがない。
「そもそも読めるハズと読めるかは別だしな。教えろよ」
「そう慌てるな。すぐにアイツが血相変えてやってくるだろうさ」
クスクスと笑いながら知盛が新しい豆を取り出しミルへセットする。
雨が上がったのは先ほどの一瞬だけで、再び窓に雨があたりはじめた。
「あ〜あ。これじゃじゃねぇけど。メンドイよな〜〜〜、出かけるのは」
大きな欠伸をひとつ零す。
「退屈しないお嬢さんが午後にはくるだろうさ」
「それって予言?」
雨だからまた来ないのだろうなと思っていたところへやって来たのだ。
毎朝の相手をするのが日課になっていたのに今週はまったく来なかった。
雨の所為だろうとは思っても、こうも退屈になるとは考えていなかったのだ。
新作のお披露目も出来ないままで、ついつい今朝は不機嫌顔で出迎えてしまい失敗したと思った。
思ったのだが、があまりにいつも通りなのでその反省すら忘れてしまった。
そんなのことだ。
雨が降り出した今となっては、再びが来る可能性はかなり低いと思われる。
「来るか〜?」
「ああ。来たら店を閉められるよう準備しておけ。ご機嫌取りをしないとな」
知盛らしからぬ物言いに、将臣が知盛の額へ手を当てた。
「熱はねぇな?なんだ?ご機嫌取りってのは」
本はもう手元にない。辞書を片手に解読しようにも出来はしない。
「いいから。レモンのタルトを作り直しておけ。その場しのぎのトッピングではない・・・な」
「OK!早速始めるか〜」
将臣が改良した新作が完成する頃、フレックスの時間を待ちかねたようにが駆け込む。
「ちょっと!!!違うから!そういう意味じゃないんですってば〜〜〜」
必死に誤解を解こうと半泣きで言い訳中。
「さあ?何のことだ?」
「ここっ!ここに書いてある事ですってば!知らなかったんですよ〜〜〜、そんな意味があるなんて」
本のページを訳してもらったのだろう。
知盛が栞を挟んでおいたページから一枚の書類が零れ落ちる。
それを将臣が拾い上げ読み上げる。
「何、なに。イギリスやフランスでは五月一日をミューゲの日といい、スズランを贈る〜?別に何もないよな」
出だしに肝心の部分はない。
将臣が音読から黙読になり、しばし経った頃笑い出す。
「ぎゃはは!女が男に贈る時は恋の告白を意味します〜?はいきなり二股か?二股宣言なのか?!」
カウンターを叩いて喜ぶ将臣。
反しては始めこそ慌てていたが、元々の性格が性格だ。
「待てや!笑いすぎでしょうが。知らなかったって言ってるでしょ!!!」
将臣の背中のシャツを掴むと、ぐいと振り向かせる。
「なっ・・・・・・」
「だいたいね。こんなの訳してもらった後の私がどうなったかわかってる?誰にあげたんだの詮索されまくって」
原因の主である知盛にではなく、何故か将臣に詰め寄る。
「しかも、知らずにあげたら本渡されたって言ったら。そんな意味深な行動してるから嫁に行けないだの」
詰め寄られたまま身動きがとれないところまで追い詰められた将臣。
もはや反論する気力もないままに手だけを落ち着けとでもいうように動かしている。
「嫁に行けないのと無知なのが関係あるかっちゅーの!!!」
音を立ててカウンターを叩く。
知盛だけがのんびりとしたもので、の頭を撫でた。
「誰に頼んだ。男か?」
の頭を撫でながら、すかさず飲み物を手渡す。
動きを封じるにはもってこいである。
「え〜っと。頼んだのは女の子だったけど、あの本はちょっと変わっていたらしくて。言い回しが古くてわかんないって。
だから・・・あのぅ・・・フランス語が出来る人たちみんなでって感じに。男の人もいたけど・・・・・・」
「まあ・・・そういう事だ」
アイスティーを飲んでいるの頭を二度ばかりかるく叩くと、知盛は再びカウンターの中へと戻る。
「あのぅ・・・どういうこと?」
「そういうこと」
調子に乗って知盛の真似をする将臣。見事にの肘が腹部に入った。
「いってぇ・・・・・・」
「こういうことか〜!まあ、社内は興味ないし?」
面倒が嫌いな性格には、社内恋愛など不向きだろう。
「冷やし坦々麺か冷麺か選べ。フレックスしてくるだろうと思って、デザートは将臣が用意した」
「それって夕飯のリク?!やった!どっちもって言ったら無理?」
途端ににこにこと愛想がいい。
将臣は脱力するしかない。
「すげ〜裏表だよ、それ。こんなの相手できるヤツなんて早々いな・・・いたな。知盛が」
「いや、いや。そういう将臣くんもだよ。よく耐えてるよね〜」
しれっと言い切り、指定席に座り直すとデザートを待つ。
「・・・デザートぉ。まだ?」
「へ〜、へ〜。少しだけお待ちくださいよ〜ってなもんだ」
将臣が今度こそはと気合を入れてデザートを用意する。
梅雨時の銀色カフェ。
ドアにはCloseの札。
けれど、店内から笑い声が聞えるかもしれません。
カウンターのスズランが咲く季節はご注意下さい。
(Printing day:2007.07.03)
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