[ 銀色カフェの万聖節前夜祭 ]
「あ、そっか。ハロウィーンかぁ・・・・・・」
通勤途中、そうわざわざ見たわけでもないのにやたらとカボチャが目に付く。
それは秋の収穫によるお料理特集広告などではなく、明らかに意図的に行事を普及させたいがための意思が感じられる。
けれど、もともとクリスマスとてそう変わらない。
「ふぅ〜ん。アレって・・・お菓子ちょーだいって強請るんだよね」
とてお菓子は嫌いではない。むしろ大好きの分類に所属している。
とはいえ、強請る先が必要なのだ。
「・・・・・・いたな、丁度イイのが」
手帳を捲れば、幸いにも今年は一応平日の金曜日。
口元を手で覆いニタリと不敵な笑みを零す。
「今週は・・・今日はいつも通りに行こうっと!」
知盛の行動は読めない。
行事が好きではないのかと思えば、七夕の用意をしてくる。
海外の事に興味がないのかと思えば、仏語を解していたりする。
(謎だ・・・とにかく!まずはリサーチですよ、リサーチ)
店内に飾りつけがなければ悪戯を実行すればいい。
週明けの月曜日、いつものように店のドアを開けた。
「おはようございま〜す!今日の気分はカプチーノ」
ドアを開けていきなり注文をする客も珍しい。
テーブルを片付け、布巾で拭いていた将臣の手が止まる。
「・・・カウンターへどうぞ」
本日は他にも客がいる。
「ども」
将臣の手が示す場所へ座るが、いつもなら勝手に座る、いわば指定席。
知盛がカウンター越しにの前に立った。
「・・・カラ元気か?」
「バレました?眠いんですよ、ついさっきまでコレしてたから」
両手でコントローラーを操作する仕種をしてみせる。
「クッ・・・何が楽しいんだか・・・・・・所詮仮初だろう?」
「いえ、だからですよ。現実が厳しすぎるんで、時に逃避という名のアバンチュールを。現実で五股は有り得ない」
知盛がおやおやとでもいうように軽く目頭を上げる。
手元はしっかりオーダーのコーヒーを淹れる準備に忙しい。
「それで?」
「うん。そろそろ面倒なので一人切ろうかな〜と。結局ゲームだから、お持ち帰りは一名なんですよね。ギリギリまで
引っ張って、残りは続きからサクサクっとエンディングだけ見られる様にって程度」
時々話にでる恋愛ゲームの事だろうが、よりにもよって“持ち帰り”発言である。
更に、ここまで“引っ張って”おきながら、一人は今頃になって“切る”らしい。
(ゲームとわかっているのに・・・奇妙なお嬢さんだ)
知盛の口の端が上がり、普通ならば馬鹿にしているようにとれる。
大抵の女性客もここで怯むのだが、の場合は知盛の態度も言葉も気にしていない傾向にある。
よって、知盛も変えたりはしない。
「は・・・“嗜み”という言葉を辞書で引くべきだな」
淹れたてのカプチーノが差し出される。
「ま、そりゃそうなんですけど。腹の中で思って、オモテで“わかんなぁ〜い。きゃっ”って、男たちを手玉にってのよりは、
かぁ〜なぁ〜りぃ〜正直者ですよ。人間性の良さが売りってことで!だからこそ、ゲームでモテモテのブリブリの嘘っぷり〜」
軽く親指を立ててから、ソーサーごと引き寄せると、香りを精一杯肺に取り込んでから一口。
「ん〜〜〜っ!あれですね、苦さと美味さで覚醒しようって、ちょっと贅沢でいいですよね。朝から乾布摩擦みたいのより」
知盛は返事をせず、黙って将臣を指差す。
この時間になると、ほとんどの客がいなくなる。
最後の片付けを終えた将臣が、トレーを手にカウンターまで戻ってきた。
「何?今日はいつもより少し早くね?しかも、月曜」
の頭を軽く叩くと、カウンターの中へ入る将臣。
食器洗いは将臣担当である。
「うん。ほとんど寝てないもん。コレしてたから」
先ほどと同じ仕種をすると、
「ああ。俺も似たようなもんだけどな」
すぐに通じるものがあり、大欠伸で返される。
「よく起きられたね。私より早いじゃん」
「知盛に殺されかかったからな。朝から濡れタオルの刑。乾いてないのは窒息死もんだろ」
将臣が乾布摩擦をするとは考えられないが、知盛がこの話を計算してとするならば───
「・・・っく!だっ、だめだ〜。ひぃ〜〜〜っ!!!知盛さん、次は乾いてる方で。ええ。顔でも何でもゴシゴシと!」
カウンターを叩いて喜ぶ。
将臣には伝わっておらず、知盛は軽く肩を竦めてから煙草に火をつけた。
「何?何の暗号?」
「そういうんじゃなくてね?コーヒーでお目覚めは贅沢って話。武道とかしてたら、朝から水をぶっかけとか、乾布摩擦とか、とにかく
肉体派は根性みたいなので起きるんだろうねって。まさか、濡れタオルの刑とは!あれですね、飲んで深夜帰宅した迷惑旦那の翌朝みたい」
夕食の準備をして待つ妻を無視した態度に、ささやかなる報復措置といったところか。
「誰が飲んだくれの旦那だ!」
口を尖らせる将臣。
「まあ・・・飲まなくても、構ってもらえなくて拗ねてたんですよね〜〜〜?知盛さん」
奥にいる知盛に声をかけると、犯罪級の妖艶な微笑で返された。
「・・・結婚詐欺できそうな笑顔を朝からご馳走様でした。これで心おきなく・・・仕事に励みますっ!!!」
カプチーノの代金をぴったりにカウンターへ置き、が風の様に去って行った。
「・・・何だ?」
が走り去ったドアを指差しながら、知盛がいる方を振り返る。
「ああ。月曜日の憂鬱・・・とやらじゃないのか。まあ・・・いつもの妄想で楽しめたんだろう」
時に妄想が暴走傾向にあるが、実害はない。
逆に、表情がゆるすぎ、または、鼻息が荒すぎるのを注意してやるくらいだ。
「朝から・・・の脳内は、彼氏いないお陰で欲求不満なんじゃないのか〜?」
熱湯消毒した食器を片付けながら、溜息をひとつ。
「そうでもないだろう。ゲームでは五股でモテモテ、ブリブリに偽りの自分を演じ中だそうだ」
灰皿で吸い終えた煙草を潰す知盛。
「・・・そりゃ忙しくて寝られねぇわな」
のゲームは、望美が好んでしているゲームと同じモノだと知っている将臣。
適度にすべてのキャラクターに対し好意度を上げ、イベントをこなさないと五股は不可能。
が目標と掲げているエンディングにもたどり着けない。
「クッ・・・将臣もな」
知盛の呟きは将臣には聞えなかったようで、常の如くカウンター席の方へ回り、ドアに向かって腰かけている。
今宵の自らの運命に関するヒントを聞き逃しまくっていた。
その後、火曜日、水曜日とリサーチするも、店内いつも通り。
こうなると木曜日はあえて行かないという作戦しかない。
正直、表情に出やすいことを自覚している。
「いい具合に天気も雨だしぃ〜。いっかな〜い!」
くるりと背を向け、会社へ直行。帰りは仕掛けを買うためにフレックスと、有意義な一日を過ごしていた。
「・・・雨か。こりゃはぶ〜たれてんな」
笑いながら窓から空を見上げる将臣。
使った傘を手に持つのが嫌いらしいは、梅雨の時期などわかりやすいほど店に来なくなる。
時に駅で待ち伏せし、からかったりしたくなるほどに顔を見せない。
「明日も朝は来ないだろうさ」
火をつけない煙草を持ったまま、カレンダーのとある日付を眺めている知盛。
「またかよ。今度は何の予言だ?」
盛大に溜息を吐きながら、知盛の肩へ肘を置く。
「明日は魔女の襲撃がある。まあ・・・悪戯されたくなければ、カボチャ」
「カボチャって、ばあさんの煮物じゃあるまいし・・・・・・」
知盛の指が指している場所の英語で書かれた文字を目で追う。
「・・・なんか、ターゲット俺って感じ」
「クッ。まさに・・・だな。ディナーでお許し願うか」
知盛は菓子ではなく、夕食で倍返しを狙っているらしい。
「俺か?!俺にデザート押し付けなのか!!!生け贄かよ〜〜〜」
サツマイモのデザートならば、秋用に散々練習したのだ。
が、知盛が出したお題は“カボチャ”。
言われるまでも無くハロウィーンはカボチャ。
のデザートに対する執念は凄まじい。
将臣の練習に付き合ってくれるのは嬉しいが、批評の厳しさも相当である。
「リミット明日の夕方かぁ・・・マジへこむ。知盛、本貸せよな」
本棚から適当に数冊の本を抜き出し、明日の準備に取り掛かった。
「ふっ、ふっ、ふっ。待ってなさいよ、将臣くん。この巨大カボチャプリンにびびるがいい!」
かぼちゃ一個が丸ごとプリン。
この限定品のために、昨日はフレックスをし、デパートの地下店頭で並んだのだ。
今日は金曜日、今の時間はまだ店内に客がいるだろうが、構うことはない。
大きく深呼吸をし、店のドアへ手をかける。
「・・・どうして閉まってるのぉ〜〜〜!?」
ドアには思い切り“CLOSED”の札がかけられている。
明かりはついているが、二人が出かけるのならば邪魔はしたくない。
その場で踵を返すと、中から声がした。
「〜?入れよ。鍵は開いてるぜ?」
ひょいとドアから将臣が顔を出す。
「う、うん。閉まってるから・・・出かけるのかな〜って。お邪魔?」
「いんや。待ってた。予定通りともいう。ほい、入れ」
の手首を掴むと、やや強引に中へと誘った。
「どうした?静かだな」
「うん。出鼻を挫かれたっていいますか・・・Trick or treat!」
将臣にテーブル席に案内されてしまったのも想定外だが、知盛におしぼりを手渡された方が意外で、らしくなく小声になった。
「な〜んだよ!らしくねぇなあ。少し待ってろ」
将臣がテーブルに置いたのはカボチャのキャンドル。
どうやら本日が何の日か知っていたようだ。
「ほれ。俺様の新作カボチャのタルト。ただ〜し!デザート用だ。で?俺がTrick or treatって言ったらど〜するんだよ」
「はい〜?あ、それは・・・これ。持つべし!」
用意していたデザートを手渡す。
「重っ!なんだ〜?これ・・・・・・ぷりん・・・・・・カボチャじゃねぇかよ」
見た目はカボチャ、中身はプリンといった一品。
「知盛〜、これ冷蔵庫」
「ああ。そろそろ準備しろ。お嬢さんに悪戯されないよう、ディナーを用意したから。大人しく食べていくんだな」
まずはカボチャのスープから。
将臣からプリンを受け取ると、代わりにスープの皿。
「それでこっち?!・・・・・・騙された〜!カボチャもなんにも飾ってないから、絶対に将臣くん知らないと踏んだのに!」
夕食を用意されていてなんではあるが、してやられた感があり、素直に喜べない。
「クッ・・・たまたまカレンダーを見ただけだ。店では何もしていない」
「・・・カレンダー没収しておけばよかった」
順にテーブルに料理が並べられ、夕飯というより、知盛の言葉通り“ディナー”に相応しくなりつつある。
「将臣くんも知らなかったんだよね?どうしてタルト?」
「あ?菓子ってもなあ。ほんとに菓子じゃ、お前がぶ〜たれそうだったからデザート系」
全員分を並べ終えた将臣が、そのまま席に着く。
「だってさ、デザートだって色々あるよ?」
「まぁ・・・冷たいのは外して、ケーキっぽいもの。デコは苦手だからタルト。の菓子とバッティングしなくてラッキー」
知盛が席に着いたのを確認すると、ぱんと手を合わせる将臣。
「じゃ、食うべし。カボチャの神様、いただきます」
「それ、ちがっ!」
「細かい事は気にすんな」
お約束ののツッコミにめげることなく将臣は大口を開けてスープを飲む。
予定より盛大なお菓子で返されたのハロウィーン。
お菓子を持参しないと悪戯されますのでご注意下さい。
(Printing day:2008.10.30)
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