[ 銀色カフェの討ち入り日 ]
キュキュッ、キュッ───
「出来た!日本人ならこっちでしょ」
油性マジックの蓋をすると、まるで一仕事終えたように額へ手の甲を当てる。
実際はたいした仕事はしておらず、カレンダーへとある歴史的事件に関する文字をマジックで記入しただけだ。
「・・・物騒なヤツだな。なんだよ、この“討ち入り”ってのは」
顎に手をあて、まじまじとカレンダーを覗き込むのは将臣。
が記入した日付は十二月十四日。
今となっては日本における国民的行事といえるクリスマス・・・とは、違う日付に記入された少々物騒な文言。
「ええっ?!忠臣蔵を知らないの?殿中でござるだよ。松の廊下でさくっとでお家断絶だよ?」
年配の世代ならばいざ知らず、将臣世代では馴染みがないのかもしれない。
気を取り直して知盛の方を見ると、軽く肩を竦められた。
「・・・知識としては知っている。四十七士が主君の恨みを晴らすため、本所の邸へ討ち入りしたのだろう?」
知盛としては、それ以上でも以下でもない。
残念ながら異世界では未来の史実にあたるし、こちらの世界でも書物による辻褄合せの知識しか持ち合わせていない。
「それです!赤穂浪士が一年間こっそり準備して、見事恨みを晴らして切腹って話。時代劇って、いちおうは勧善懲悪方式だから、
ある程度安心して観られるからイイんですけどね。それって、上手く赤穂浪士側に感情移入するように作られてるからなんですよ。
そういうのに気づいた時、それでも納得して、それはソレとして楽しめるようになったというか。ま、そんなわけです」
カウンター席に座ると、淹れたてのカプチーノが置いてある。
一口含むと、軽く溜息を吐いた。
「で、雪が降ったら嫌だけど、討ち入り日は雪だなぁと。・・・お天気お姉さんが週間天気予報で言ってました」
別段雪に思い入れは無い。
むしろ、交通機関の乱れと寒さが心配なだけだ。
定時ではないが、やや遅くなってしまった帰宅時間、ふらりと寄り道をしたいつものカフェ。
どんどん席を立ち帰ってゆく客を尻目に、はすっかり居座る態勢になりつつあるといったところ。
「へぇ〜、週末は雪か。ま、どっちでもいいけどな。どうせ知盛は車だし、面倒なら店は開けないだろ?」
将臣の問いかけに言葉こそ発しないが、思い切り人の悪い笑みを浮かべて見せているのは、このカフェのマスターである知盛。
自営業はオーナーの思うがまま、半ば思いつきと時間潰しに営業しているのではという疑いもあるこの店に相応しい人物。
何やらそれなりに手元は忙しく動いており、カウンター越しに手元を覗き込む。
「何してるんですか?」
「コーヒー豆を・・・分けて量っている」
知盛手ずからすべてをしているということは、新しい豆か新しいブレンド比率等のお試し中ということだ。
「もしかして・・・ラッキー?」
恐る恐る確認をすると、
「もち!俺様のデザートも試させてやろう。知盛!閉めるか?」
将臣は軽くの頭を叩くと、親指で店のドアを指してみせる。
「クッ・・・そうしてくれ。メシ、食っていけ。本日は中華の予定」
「うわ〜、催促しちゃったみたい。お気遣いをいただきまして」
外の寒そうな冬景色に夜の帳が下りてしまったため、一層足が重くなっていた。
夕食を楽しく食べられるならば、帰りの足も軽くなるというもの。
「いや・・・そうだな・・・今日は話し相手も」
「お試しは三杯までですからね?お腹がちゃぷちゃぷしちゃうから」
知盛に差し出されたカップを手に取り、肺いっぱいに香りを楽しんでから飲み始めた。
男二人が料理を作るのを眺めつつ、知盛に用意されたコーヒーを好きな順に並べ替える。
ときおり知盛が振り向いて感想を求めたりするので、微妙な調整後のコーヒーをさらに試されたりと、時間潰しに事欠かない。
料理が完成したのだろう。
知盛はカウンター越しにの向かいへ来てしまい、料理をテーブルへ運ぶのは将臣がしている。
「これが・・・お嬢さんのお好み順か・・・・・・」
「そうなんですよねぇ。苦いのは好きなんですけど、酸味はちょっと苦手。ブラックだとこの順」
一定の間隔で並べておいたコーヒーカップがグルーピングされ、知盛の回答が示された。
「ほぼ予想通りだな」
「あ〜〜〜、さいですか。でもね、ミルク入れたらコレが美味しい気がしますよ。マグカップで一センチくらい牛乳入れるの」
順番では真ん中に位置しているカップを指差してみせる。
「それも予想通り。明日はコレでラテにしてやるよ。先にメシ」
「は〜〜〜い。麻婆豆腐の匂いがしてたもんね〜。好き、好き、大好きでですよ、お豆腐」
料理が並ぶテーブルに着くと、すぐに食事の時間となった。
これでもかと丼でご飯を食べる将臣に対し、茶碗で適度に米を運ぶ作業をしているといった知盛。
料理の腕前をみると、案外細かいのは知盛で、食に対する執着も知盛の方が上だろう。
将臣の執着は、腹が満たされるかどうかに比重がありそうだ。
そんな対照的な二人との夕食にも慣れ、としては美味い料理を特上の男共と食べられ大満足。
そろそろデザートに移ろうという頃合に、無口な知盛が珍しくへ話しかけてきた。
「は・・・時代劇は作られたものといっていたが、ある程度は史実に基づいているだろう?」
「・・・忠臣蔵ですか?史実って、出来事が正しく記されていればですよ。人が書き記す時、感情が入ってしまいますからね〜」
将臣に給仕され、杏仁豆腐の器が置かれるのを視線で追いつつの。
「と、いいながら。主君のためって言うのも嫌いじゃないです。だから今でも人気なんでしょうね。“忠義”とか、
武士道くさいの日本人は好きだから。・・・・むきゅゅゅう!これなら満点」
蓮華でパクリと一口頬張り、奇妙な声と同時に将臣へのジャッジが下される。
「やりぃ!これなぁ、なんかわかったわコツ。滑らかさと香りって。確かに最初に手抜きしたのとじゃチガウ」
何度も試行錯誤したらしく、将臣が会心の出来とばかりに胸を張る。
「そういえば・・・知盛さんて、平家に縁の人?ウチはねぇ、戦国時代に忍者だったって噂があるけどわかんないんですよ。
だいたい、血筋も何も、今じゃまぜっ混ぜなんだから、縁も何もないと思いません?」
気を良くした将臣は、初披露のデザートを取りに席を立った。
その後姿を見送り、知盛が奇妙な笑みを見せる。
「さあ・・・な。ただ、滅ぶ側は、この世に不要と判断されたのだろうさ」
「あ、暗いな。そ〜ゆ〜んじゃなくて、誰でも利己主義といいますか。最大多数の幸せ方式といいますか。世の中、不公平に
出来てますからねぇ。・・・あ!ライチのシャーベット?!」
途端に目が輝きだす。
真剣な話をしているのかと思えば、食い気が勝るらしい。
将臣も知盛が知りたい、聞いてみたい内容には思い当たっているが、その答えを言うのは将臣では意味がないのも知っている。
適度に邪魔をしつつ、聞き耳を立てつつ、距離をはかっていた。
「おう!これなぁ、実は味見もまだ」
「げげっ。・・・私がお毒見拝見役ですかぁ。・・・よっしゃ!かかって来いやぁ!」
スプーンを握り締め、気合を入れる。
「おい、おい。とりあえず喧嘩じゃねぇし。しかも、毒まではいかねぇだろ。いくら俺でも」
手のひらをひらひらとさせながら、それでいて、自らのスプーンは持たずに待つ。
「うわ・・・これ、甘すぎ。ライチは甘いんだからさぁ。ちょっと食べてみなよ。死なないけど、口の中は大変」
知盛が注いだ烏龍茶を一気に飲み下す。
「ぷはぁ〜。ども、知盛さん。これ、知盛さんにはきっついお味。てか、ちゃんと指導してあげましょうよ〜」
ポットの蓋をあけ、知盛が動くのを待つ。
ところが、知盛ではなく、将臣が席を立った。
「へ〜〜〜い。お湯一丁ってな。沸かしてくる」
「将臣。手ぶらで行くな。ここを片付けつつ、コーヒーの用意もだ」
食べ終えた食器を指差され、将臣は返事はしないが丁寧にかさねて片付け始める。
「あらら。ありがとう、将臣くん。で、さっきの続きですがね?旦那」
手招きの仕種をし、知盛の注意を惹きつける。
「仮に知盛さんが平家の子孫としましょう。当然ながら、現在の歴史は鎌倉幕府以降の流れでここまできましたってもんですが。
運命にはいくつもの道があるのではないかという説を私は信じているのですよ。つまり、パラレルワールドのようなものが
複数存在すると思っているわけですね?だから、極論をいえば、違う現在もあったかも知れない。でも、ココの今は、一応は
この世の春と浮かれていた平氏さんを、源氏さんが壇ノ浦で袋にして築いた平和という定説を信じるしかないと。そゆこと。
本当は平氏さんたちは政治をしっかり執り行い、貴族を力という手段でまとめてくれていたかもしれなくて、武力という一点でのみ
突然源氏さんに負けたのだとしても。当時の最大多数の幸せは、とりあえず源氏さんが圧倒勝利ってことにしたかっただけかもでしょ?
真実なんてわかんないし。先祖は敬うべきかもしれませんが、そんな事にまで責任持てないし、持たなくていいと思いますよ。
・・・何かご不満が?」
まくし立ててから知盛の質問の真意を確認するのも今更だが、知盛の口元が笑んでいたため、ひと呼吸置いてみた。
「杞憂であったと・・・なあ?将臣」
「いくつかの通り道のひとつがココでもいいんじゃねぇの?俺はそう思ってるけどな。ホイ、お湯」
烏龍茶のポットに沸かしたてのお湯を注ぎ蓋をする。
「さんきゅ〜〜〜。この烏龍茶、美味しいかも。これお店で出してます?」
「ば〜か。店のは安いのだ。味なんてどうでもよくて、アイスでしか飲まないじゃん。な?」
将臣が知盛の肩に手を置く。
「本来は・・・香りを楽しんでから含むように飲むものだからな。これは料金不要の特別の客にしか出さない」
「うわわ。別にグルメってもんでもないですけど、お茶とかコーヒー好きなんですよね。ウチね、中国茶器セットあるんですよ。
お休みの日に、時々自分でするの。もっと小さい急須と湯のみで・・・こんな感じで香りも楽しんでっていう」
少しずつというのが手間ではあるが、慣れれば楽しいものだ。
「ほう。次は中国式茶会を開催してやるさ」
「じゃあ・・・・・・」
二人の視線は将臣に注がれる。
「・・・マジ?今度は中華菓子?ゴマ団子だの、桃まんだの、ゴテゴテしいのか?」
頬を引きつらせながら、将臣は自分が知る限りの中華菓子を思い浮かべては、手間がかかりそうなものをバツにしてゆく。
「そうだ!知盛さん、皆でデートしよう、デート。中華街!この面子なら、色々食べられる〜。回るテーブルでガツガツ!」
「クッ・・・少しは恥らえと言った覚えがあるんだが。覚えていないようだな、このオツムは」
の額を指で弾く。
「けどよ、それイイ。俺も食べてもいないもん作れねぇし。お茶もがいってたやつ、飲んでみようぜ。どうよ?忘年会」
「そ〜だよ。女同士じゃそんなに食べられないし。女同士で人数多いと面倒だし。野郎共がいれば、たくさん種類も食べられる〜!
・・・紹興酒もアリ方向で。ただし、腕組みと砂糖入れ禁止だから。あれはいやんです」
過去に何があったのか、訳のわからない禁止令が出される。
「砂糖は・・・好みの問題だろうが。腕組み?」
「そう、腕組み。こう腕を組んで、同時に飲み干すの。これがねぇ、調子に乗ってやりすぎちゃって。人生で初めて足にキタ。
歓迎の飲み方とかなんとか言われて、上海出張の時にしたの。いや〜、驚いた」
が酒を好きなのも飲めるのも知っていたが、そこまで断わらずに飲むとは考えていなかった。
「、酒豪伝説・・・・・・」
「酒は嗜むものだ」
将臣からはヒーロー扱い、知盛からは窘められ、いいところまるでナシの。
「ぶぅ〜だ。忘年会だよ?本気で忘年するほど楽しむのが筋じゃないの。将臣くんだってさ、飲みたいもの飲めば?何も、このメンバーで
付き合で飲むみたいな事しなくたっていいじゃん。ビールがよければビール。何でもアリだって。私は久しぶりに紹興酒をですね、
味わおうと。そう!味わいながら飲むのですよ。これぞ大人のオンナの嗜み」
テーブルに手をついて立ち上がると、一息で演説をかまし、さっさと自分に都合よく話しを修正する。
「ま、決まりだな。つか、飲んだら帰れないだろ。どうすんだ?」
に座るよう促がしつつ、烏龍茶の追加を注ぐ将臣。
海へ出かけた時の痛い経験がある。
車で行くと、先に飲んだ者勝ちの法則が存在するのだ。
「・・・・・・どうしよう?私は勝手に泊まろうかな。うん。レディースプラン!いいね〜、エステ付で」
「却下」
語りだす前に速攻のダメ出しである。
「ヒドイ。知盛さんてば、あっさり。何よ〜、自分は運転しないでしょ?電車で帰れる時間が門限なの?私は泊まる。皆は帰る。
はい、決定!」
酒を飲むと決めたからには、車の運転は厳禁。
かといって、終電の時間を気にしながらというのも野暮である。
このような場合、相手方に心配をかけず、自分も楽できる遊び方をするのが流。
「誰が帰ると言った?朝まで飲むのに、泊まりは不要だ。・・・覚悟して飲め」
「・・・はい?」
席を立つ知盛を見上げると、その口元がいかにも皮肉ったものになっている。
「うはぁ〜〜〜。久しぶりだな、朝までは。気合いれて飲むぞ〜!」
「うっそぉぉぉぉぉ!何やる気出してんのよ。冬だよ?寒いよ?それより、いついくの?」
将臣の肩を掴み揺さぶる。
「当然、討ち入り決行日。・・・月曜は休むしかなさそうだな!あんなもの書く方が悪い」
揺さぶられてもなんのその。しっかりとカレンダーを指差す将臣。
「あのねぇ?会社はそう簡単には休めないし。・・・将臣くん、学校は?」
「俺か?俺様は行かなくても問題ない。は問題アリ?だったら、土曜日の晩からにしとくか?な?知盛」
カウンターでコーヒーを淹れている知盛が見えるよう仰け反る。
「・・・仕方ない。それで手を打つか」
「仕方なくない!おい、こら!自由業どもめが!リーマンの辛さは解らないでしょう?使われてる身の上は大変なのよ」
知盛の事だ。最初から将臣がを気遣うのも計算していたに違いない。
「俺も使われてま〜す」
将臣が笑いながら片手を上げる。
「・・・アンタは飼われてんの」
悔し紛れに将臣の耳朶を引っ張った。
「イテっ。痛いって。まあ・・・飯は自動的に出てくるわな」
「ほんっとに羨ましいなぁ、もう。ま、いっか!忘年会楽しみ。前の日、会社の忘年会あるけど。二日連続だって、OK!」
勇ましく親指を立てて見せると、
「ありえねぇのはサンの方だっての。・・・・・・知盛。こいつ担ぐ時はじゃんけんな」
「荷物扱いなの?!姫だっこでしょう?しかも、押し付け合わないでよ。ここは自らすすんで名乗りをあげるトコだってば」
いかにも酔いつぶれるとの言にお冠だ。
「ほう・・・してやらなくもないが・・・・・・」
淹れたてのコーヒーの香りを背後に感じるものの、それを持っている人物の視線を受け止める勇気は無い。
「あの・・・ものの例えってヤツなので。はい。自分で歩ける程度に嗜みます・・・・・・」
少しばかり右肩を引くと、コーヒーがの前に置かれた。
「そうしてくれ」
口では迷惑そうだが、見上げた時に見た知盛の目は笑っていた。
「よっしゃ、決まり!もともと店は休みの予定だしな。コースは俺たちで決めとくか?」
「うん!お任せします。わ〜い。食べまくるぞ〜〜〜!」
わいわいと情報誌を捲りながらの二人を眺める知盛。
忘年会という名の慰労会の企画に少しだけ感謝をした。
銀色カフェの忘年会、参加資格は本気で忘年する方限定とさせていただきます。
思いっきり二日酔い覚悟で望んで下さいませ。
(Printing day:2008.12.10)
Copyright c 2005-2008 Sui Tsukuyomi. All rights reserved.
![]()