[ 鬼遣らいはお約束の銀色カフェへ ]
「こんばんは!」
挨拶をして店に入る客も珍しい。
と、いうより、時間や季節の挨拶をして返してもらえる方が少ない。
普通ならば定番の“いらっしゃいませ”としか言われないからだ。
「今日は定時あがりか〜?珍しいな」
「うん。ちょっとね〜、コレを渡そうかなって。は〜い、どうぞ」
の手持ちの紙袋から取り出されたのは、かなり威厳のない何かのオマケの様な鬼の面。
「・・・・・・なんか読めた」
「そう?おりこうさんだね〜、将臣くん。でね、地域で差があるんだけど、もしもの場合の後始末が楽だからこっちにした〜」
続いて取り出されたのは、落花生。
炒った大豆が使われる方が主流だが、関東辺りでは落花生の地域もある。
店先にあった落花生を見て、どうせならと見た目が大きい方にしてみた。
袋が破けたり、万が一の場合に拾うのも楽だと思ったからだ。
ビニール袋へ小分けにして入れ、それをさらにエアキャップで包み、野球ボールに似た形にしようと思ったし、してきた。
「こっちがね、知盛さん。これ、投げるべし」
「クッ・・・随分と用意がいいな。鬼遣らいか」
知盛はひとつを手に取り、お手玉のように片手で弄んでみせる。
「おに・・・やらい?昔は、追儺っていう宮廷行事だったのは知ってますけど・・・・・・」
「暦が現代とずれているからな。大晦日に良い年を迎えられるようにと、鬼に扮した舎人を桃の弓やら杖で追いかける行事だ」
思わぬところでまたも知盛の薀蓄が聞けた。
確かに節分とは節を分けると書くのだから、なぜそう呼ばれるのかにまで考えを巡らせるべきだ。
冬から春へ、古い年から新しい年への節分け。
まだ寒い時期だというのに年賀状に新春と書くのは、その名残。
「あ〜〜〜、それで節分。桃って悪鬼を祓うってヤツですよね?不老長寿で桃源郷で酒池肉林」
「・・・まったく、お前の頭は時々どうかしてる。どこからそういう発想になるんだか。神様も、さぞ驚くだろうな」
将臣へ軽く落花生のボールを放ると、しっかりキャッチされた。
「だよな。って、時々おっさんくさい」
の隣に座ると、ボールのセロテープを剥がして袋を開け、軽く手で殻を割ってピーナツをひとつ食べる。
「ん。知盛も」
「ああ」
将臣が差し出したピーナツを、カウンター越しにそのまま将臣の手ずから知盛が食べる。
ひとつの殻に二個入りなのだから、そういうのもアリだろう。
つい口元がゆるみそうになるのを必死に堪える。
ここでニタつくと、店を追い出されかねない。
「年の数食べると無病息災っていいますよね〜」
も落花生をひとつ手に取り、両手で殻を割ってから剥きはじめる。
「うわ!お前、下手っ」
「煩いなぁ。指の力が男女で同じわけないでしょ。普段なら、木の実を食べたければ殻ナシ買うもん」
最初に綺麗に割れないため、残念な事に手で剥くという余分な作業が発生してしまう。
「しょ〜もな。永遠に年の数食えないじゃん。ほら。割ってやるから、その後を自分で好きにしろ」
パキパキと気持ちの良い音を立てながら、の前へと並べてくれる。
「あ、ありがと・・・・・・」
「知盛のは後でそっちのボール開けるからいいよな?・・・ところで、ご注文はラテだけか?」
注文がない場合は、知盛が勝手にカフェ・ラテをの前に出す。
落花生剥きに参加しない知盛は、の前へそれをいつもの様に出した。
「ありがとうございます!・・・今日はさ、この用事とあとひとつを先に済ませておこうかと思って」
「これの他にもあるのか?」
将臣の前には、知盛が投げなかった落花生ボールが二個あるのみ。
節分だから節分をしに来たのだろうし、二月三日に他の行事は思い当たらない。
「そ。いつもお世話になってるお礼だから、今日はこれ置いたら帰る予定ですよ。だからラテだけ〜」
もうひとつが持っていた綺麗な紙袋が将臣に手渡される。
「あ?・・・・・・ああ、来週の土曜日だからとか?前日も午後からは閉めちまうだろうけどなぁ」
今日ではなく、二月になると街中がその飾りつけで賑わう別の行事がある。
チョコレートを贈ると決まったものではないが、日本ではそれが慣習化してしまっているバレンタインデー。
袋の中身はシャンパンと本と小さな箱のチョコレート。
当日や前日では相手に気遣わせてしまうだろうと早めに渡してしまうに限ると準備してきた。
「知盛〜、シャンパンと本とチョコ」
「随分と早い事で」
そう言いながらも将臣が差し出した袋からシャンパンを取り出し、ラベルを眺めて口の端をあげている。
どうやらが選んだものは当たりの様だ。
いかにも好みが煩そうな知盛にあわせて、専門店で質問をしながらセレクトした一品。
「チョコはぁ・・・・・・王道だな。珍しいじゃん」
「別にぃ。今年は普通にしよっかな〜って思ったんだもん。嫌い?」
チョコレートに関しては、将臣しか食べないだろうと思って選んだのだ。
「美味いの、これ」
「さあ?どうなんだろう。それね、私も食べたことない」
実のところ、有名店のそれではない。
ただ、見た目がとても美味しそうだったので購入してしまった。
お値段もそうビックリなものではなく、買い物途中の通りすがりの店で買った。
「じゃ、今食おうぜ?味見してけば?」
「自分の分は一番大きいの買ってあるから大丈夫。こういう勘は外さないんだよね、私。家の冷蔵庫で私を待ってるよ」
そもそもこのカフェへ入ると決めたのも勘。
さして流行っている風でもないのに、ここがいいと思った。
「そりゃ用意がいいことで。こういうのは美味そうだよなぁ。変にハートの形とかにされると怯む」
何のことはない。箱を開ければ中身は上等な生チョコレート。
見た目がいかにもカカオたっぷりですと主張している。
「そんなこというけどさ、お値段のわりにハートピーナツは美味しいよ〜?あれ、鼻血出るほど食べたことある」
「そこまで馬鹿だったか。食い意地張り過ぎだろ、それは」
箱の蓋を閉じ、チョコレートも知盛へと預ける。が食べないならば、そのまま冷蔵庫へ直行だ。
残りは───
「なんだ?カフェの本・・・・・・」
「それがね?ここに絵があるだけで二百円以上値段が高いの。味は別に変わらないのに。・・・どう思います?」
将臣が捲っている本を覗き込んでいた知盛へ問いかける。
「・・・出来なくもないが、うちにはコレを必要とするお嬢さんはあまり来ない」
「え〜〜〜っ。ま、そうですケド。正しくは、来るのに来ないようにさせちゃってるっていうかぁ。数少ないお嬢さんに
サービスしてもいいんじゃないですか〜〜〜〜」
バリスタによってカフェアートされる店など、おしゃれな店の紹介本。
知盛が淹れるコーヒーが一番美味しいと思っている。
出張もよくあるので、カフェで時間を潰す機会が多いため、つい色々と比較してしまう。
知盛は軽く肩をすくめると、新しい一杯を淹れる作業に入る。
将臣は将臣で、会話とまったく関係ないデザートの写真に目が釘付けらしい。
「食ったらなくなっちまうんだけどなぁ・・・こんなに細かく飾ってもなぁ・・・・・・」
「そんなに細かく飾られたデザート、食べたことないし!普段している人ならその発言も許可するけど」
ぺちりと将臣の額を叩くと、
「ま、そりゃそうだ。で?はこういうのがいいと」
とあるページを広げて見せられた。
「綺麗で嬉しい時もあるけど、味がついてきていないと倍ガックリくるし。美味しくて可愛いのが一番良いと思う。あれよね、
真っ白なプレートにアイスにストロベリーソースとかあるのと、丼にアイスが山盛りじゃ印象違うでしょう?」
「・・・丼一杯のアイスだって食うくせに、よく言うよ」
仕返しとばかりに額を指で弾かれた。
「どちらも変わらない。ほら、リクエストの品だ」
「わわわわっ!葉っぱ。葉っぱになってる〜」
がカップを覗き込む。
「それもさ、デザートと同じだよな。飲んだらなくなっちまうし」
「でもね、このひと手間で和む時ってあるよ〜?そりゃ、急ぎのお客さんだったら、こんなことより早く出せとかだろうけどさ。
大抵の女性は、時間に余裕があるからカフェに入るし」
知盛特製のカプチーノを一口。
「ふぃ〜〜〜っ。うまっ。あ!飲んでも崩れてない。なんで!?」
カップの中を指差しながら、知盛へ向かって叫ぶ。
「泡の出来が違う。加えて、お前の飲み方」
「へ〜〜〜・・・・・・そっか。確かに泡がふかふかで厚いかもしれない。感動した〜」
猫舌じゃないにとって、温度は問題ではない。
時間を置くことなく飲めるのも一因だが、それはいつもの事なので言わなかった。
「すっかり長いしちゃった。ご馳走様でした!お代はちゃんとカプチーノ分も払いますね。プレゼントの意味がなくなっちゃうから」
言いたいことをいい、丁度の代金を将臣へ手渡すと、にしては珍しく帰ってしまう。
「・・・な〜んか拍子抜け。がこんなにあっさり帰っちまうと」
しっかり飲み終えてあるカップ二つを、ソーサーごと知盛へと順に手渡す。
「偶にはいいさ。あれで予定があるかもしれないしな。・・・そっちも片付けろ」
「ああ。これな。こういうの久しぶりだったよな・・・・・・あ〜ん?!」
落花生の殻を集めながら、将臣が妙な声を上げる。
「どうした?」
「やべ。って、年いくつだっけ?俺、剥きすぎてね?」
両手で集めた殻を、知盛が差し出した皿へと並べて置いてみせる。
「・・・だって、殻ひとつで二個だろ?これだと・・・・・・多すぎだと思う。たぶん」
「クッ・・・余分に厄除けしたと思えばいいさ」
確かにコレでは多すぎだと、目で数を数え終えた知盛がそのままゴミ箱へと捨てた。
「ところで、知盛はこういうの出来るんだな」
先ほどにプレゼントされた本を持ち上げてみせる。
「出来ても、出来なくても同じだろう?」
「そうかなぁ。じゃねぇけど、これがいいって客もいるかもしれないし。俺にも出来るか?」
本を再び捲り、デザートなどを真剣に眺め始める将臣。
適当に返事を返しながら、さり気なさを装って閉店の準備を完了させる知盛。
せっかくが気遣ってくれたのだ。実行に移すべきだろう。
すべて片付け終えると、将臣の隣へと座り込んだ。
「何?」
「いや?続きを頼もうと思ってな」
まだ開けていない落花生ボールを指差さす知盛。
「贅沢言ってんな〜。お互い一個しか食ってないからな。とりあえず、無病息災のために食うか」
ボールを手に取ると、ビニールテープを剥がして開け始める。
「知盛の年はいいとして、俺って複雑だよなぁ。向こうでの事考えると、年足りねぇし?」
こちらへ戻ってからの年齢では、将臣が過ごした時間と合わない。
「だったら・・・に食わせた分で調整するんだな。こちらでの年齢分にすればいい」
知盛は剥くつもりはないらしい。
カウンターへ背を預けて天井を仰ぎ、口を開けて待っている。
「はい、はい、はいっと。親鳥の気分だぜ」
ひとつを知盛の口へ放り投げ、残りを自分の口へと運ぶ。
「つか、こんな事してていいのか?」
ふと店内を見回せば、客は誰もいない。
いくらなんでも、平日の夕方に誰もいないのは───
「いつ閉めたんだ?!なんだ〜?」
「そう・・・だな。お前がコレに夢中の間に。ついでに言うならば、これこそがのバレンタインギフトだと思うが?」
二人のためのプレゼントを渡された。
それは、色々な意味が含まれるだろうが、二人で過ごす時間に必要なもの。
「・・・ムカつくけど、去年よりはいくらかマシだな。いかにもしろっていうアレよりは」
夜のお助けアイテムを堂々と店頭で買い、それを他人へのギフトに出来る神経には脱帽もの。
今回の事にしても、知盛の行動を見て先を読んだに違いない。
どうりでいつもどこか敵わないと感じてしまう。
「には、恥じらいもタブーもないんかな〜」
「ほう・・・天に召される覚悟が出来たか」
「・・・言うなよ。絶対に首絞められる。この鬼のお面、の方が合ってたんじゃ・・・うわっと!」
再び問題発言をしてしまい、慌てて片手で口元を隠す。
「帰るか」
「ああ。あのチョコレートは美味そうだったからな。冷えた頃に食う。知盛は俺で味見すりゃいい」
「それはどうも」
珍しく素直に将臣が知盛の誘いにのった節分の夜。
確かに福はやって来た。
少し早めのバレンタインと共に。
豆の数は、各自しっかり数えることをおすすめいたします。
バイト君はあてになりません。
自分の年齢を調整しなくてはならないので、よく間違えますから。
(Printing day:2009.02.05)
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