[ いき遅れ防止の銀色カフェ ]




「おはようございま〜す!」
「あ、来た、来た」
「何それ。“いらっしゃいませ〜”でしょ?」
 将臣にひらひらと手を振られ腑に落ちないは、一般的な客商売の基本挨拶の指導をしてみる。

「別に〜。いつものでいいのか?」
「ど〜して今日に限って聞くの?」
「・・・別にぃ」
 くるりと後ろを振り返れば、他一名の客はテーブル席で新聞を読んでおり、こちらは気になっていない様子。
 カウンターの奥にいる知盛の手元を覗こうとすると、将臣に後頭部を軽く叩かれた。



「あの。朝は回線繋がっていないんで、この衝撃で脳が壊れたらどうするんですか〜」
「繋がっていないなら壊れないじゃん。繋がってもあんまり変わらねぇしな」
「むかむかっ。な〜んだか悲しくなってきたぞぅ〜〜」
 三月だというのに雪が降りそうな曇り空。
 爪先の痺れを感じながら、せっせと出勤のために足を動かしてきて暖をとろうとしたらこの扱いである。
 ひざ掛けを取り出して足へかけると、カウンターにへたり込んだ。


「あはは!しょ〜もな。今日は寒いからみんな会社直行が多いのな。寄り道したら会社いきたくなくなるって」
 の頭をぐりぐり撫でると、窓の外を見ていた視線を戻す。
「もぉ〜!!!レディーの御髪が乱れちゃったじゃない」
 ぶつぶつ文句を言いながら、鏡を取り出して身だしなみを確認する。


「そう膨れるな。美人が台無しだろう?」
「思ってないこと言わないでくださ〜い。あ〜〜〜、湯気っていい〜〜〜」
 知盛に差し出されたカフェ・ラテの湯気で機嫌が直ってしまうあたり、お手軽な性格である。
「クッ・・・オマケもつけてやるから」
「な、何?何ですか〜?」
 オマケと言われて素直に飛び起きるあたり、ちゃっかりしている
 常の事なので、の後ろで将臣は口元を押さえて笑いを堪え中。
 他にも隠し事があるので、念には念をいれて普段通りにしているつもり。

「あ、チョコだ。・・・これ、買ったんですよね?」
 いくら知盛でも自作のチョコレートというのは想像出来ない。
 しかも、ご丁寧にクマが座っている形になっているのだから、どう考えても既製品。
 眉間に皺を寄せてクマと睨めっこをしていると、将臣の手がまたもの頭を撫でた。

「いいから、食え。脳には糖分がいいんだろ?」
「・・・ま、それもそうか。いただきま〜す」
 ためらうことなくクマの頭から齧りつく。
 それを見た将臣は、いまさら見なかったことには出来ず、身体を折りまげて笑いだした。

「何か変でした?」
「いや・・・将臣」
 知盛が首をしゃくり、もう一人の客が帰る用意をしているのを知らせる。

「OK!・・・首ポッキリ割って食べられても微妙だしな〜。齧るのは正しいかもな」
「あ、そういうこと」
 残る胴体部位を二口で食べると、苦味が利いたカフェ・ラテで一息。
 すぐに将臣は会計を済ませ、片づけたものをトレーにのせ戻ってきた。


「さすがに一口で入る大きさじゃなかったし。で・・・これって?」
 バレンタインは先月だ。
 今頃贈られるというのも時期外れ過ぎというものだろう。
 将臣を見上げると、話の続きを促す。

「昨日買い物に行った時、ワゴンセールしてたワケ。売れ残りだろうな、先月の」
「あ〜〜〜。残りものに福があるといいな〜〜〜」
 購入者が将臣ならば、単なる面白半分なのだろう。
 これが知盛だと勘ぐりたいところだが、理由が分かれば既に腹に収めてしまったものについて、
これ以上考える必要もなくなっていた。





「じゃ〜、行ってきま〜す」
 代金をカウンターへ置くと、知盛が紙袋を手に近づいてくる。

「本日の昼飯のご予定は?」
「たぶん・・・コンビニにしちゃいます。月初、結構時間無いから」
「だったらこれをどうぞ。お嬢さんには将臣からもおまけがある」
 紙袋を差し出され流れでうっかり受け取ってしまう。
 つい覗いてみると、見事な焼き卵サンドとプチパケットのセット。

「こ、これ!」
 この様な豪華なランチを頂戴する理由がない。
 紙袋を指差していると、将臣が皿に乗った物体を持って来た。


「つまり、早いけどお返しってヤツ?お雛様だしな。これ、片づけに来ないと嫁にいき遅れ〜」
 卵の中味を上手く取り出したのだろう。
 楕円の殻に描かれているのは、お内裏様とお雛様ということか。
 気が利いているのか、いないのか、三人官女までついている。

「・・・ぎゃーーーーっ!人を何だと思ってるのよ!」
「だから。嫁に行きたきゃ片づけに来いって。ちらし寿司とお吸い物で夕飯待ってるから」
 確かに雛祭りの王道メニューだ。
 それにしてもと、思わずカウンターに手をついて項垂れてしまう。

「あの。主犯、知盛さんでしょ?」
「クッ・・・ヒントは先に出してやっただろう?チョコレートを」
 バレンタインのお返しが、脅しに近い雛祭りのパーティーという事なのだろう。

「・・・あまりにリアルすぎて、恐怖の大王ものです」
 皿を見れば、殻にマジックで描かれている顔は愛嬌たっぷり。
 可哀想だし、もったいない気もするが、迷信と言われようともお雛様は早めに片づけたい。
「今日は、残業九時を覚悟していましたが予定変更します。意地でも七時半までに上げてやる〜〜!」
 捨て台詞を残してが駆け出して行った。



「やる気がどうって本が多いじゃん?」
「ああ」
 最近、本屋に立ち寄るたびに思う。
 いわゆる平台に山積みで並ぶものは、自己啓発本が多い。
 将臣としては漫画を買いに行くだけだし、やる気など、やりたい事があれば勝手に出ると思っているため、
手に取る事は無い。

「あれだ。きっかけ次第だな〜。お雛様の片づけより、知盛の飯だろうな。ご褒美とやる気は比例」
「生き物は餌付けが基本だ」
「あ、な〜るほど。俺も似たようなもんか」
 頷いている将臣は気づいていない。
 餌付けのエサの種類は様々であるという事に。
 知盛のエサが何であるか気づいているの方が、賢さでは上かも知れない。

「それで?デザート担当は将臣なんだが」
「それな〜。雛あられは当然用意するとして。ゼリーってどうよ?ふるふる巨大ゼリー」
「だったら早く始めるんだな。固まらなかったというオチにしたくないだろう?」
 ゼリーは意外に曲者だ。
 寒天より性質が悪い。
「だな〜〜〜。ぶるんぶるんの巨大にしたけりゃ早くしね〜と」
 口笛を吹きながら将臣が作業に取り掛かる。

「クッ・・・お礼か仕返しかわからんな」
 小さめとはいえ、ボール一個サイズのゼリーを作る手元を眺めていた知盛が、こっそり呟いていた。







「ただいまーって閉まっているドアを開けられるお客さんって、私だけかな〜」
 店が閉まっているのは夕食の準備が出来ている証拠。
 約束の時間は少々過ぎたが、当初の帰宅時間に比べれば雲泥の差だ。

「だな〜。ほんとに閉まっていても無視しそうじゃん。まずはお疲れさん。席はこっち」
 将臣が引いてくれた椅子に座ると、料理がずらりと並んでいる。
「美味しそう・・・卵がキラキラ」
 ちらし寿司の豪華さと見た目に感動し、覗き込むように眺めている。

「・・・クッ。待てをさせられてる犬並みだな」
「まさにそれですよ。こんなに並んでるのに将臣くん待ちだなんて〜〜〜」
 テーブルの上でパタパタと手を動かして焦れまくる。
「あのな。温かい物は温かくなんだっての。はいよ」
 シャンパン片手に知盛が席に着き、将臣が汁物の給仕を終えて食事の始まりとなった。



 ある程度食べて落ち着いたのか、が辺りを見回し始める。
「あのぅ・・・今朝のお雛様は?あれ、マジで片づけないと困るんですが」
「・・・俺の落書きだぜ?いるのか?」
 丁度丼ぶりを食べ終えた将臣が、おかわりついでに飾りを取りに行く。


「これ、卵の殻だし、捨てとくぜ?」
 が来るまでは捨てずにいようと思った程度で、結婚について本気で言ったわけでもない。
「何だか愛嬌あって可愛かったから。持ち帰ろうかと思って、袋とっておいたの」
 知盛がランチを入れてくれた紙袋をバッグから取り出すと、プチタオルを敷いて丁寧に並べて入れた。

「・・・マジ?」
「うん。部屋に飾るよ。丁度ケースもあるし」
 再び箸を手に料理に向き合っている。

「そろそろデザートはどうだ?将臣会心の出来栄えらしいんだが」
「ええっ!?デザートも?菱餅とか雛あられ?」
 定番のお菓子を言ってみたが、
「それもある。だけにスペシャルがあるんだな〜、これが。覚悟しろよ」
 軽く額を弾かれてしまった。



 将臣が慎重に運んでくるものが徐々に視界におさまり、思わず手を叩いて笑いだしてしまった。
「で、でか〜。ハロウィンの時のプリン並みだね」
「まあな。あれのおかげで思い付いた。中のイチゴは超高級、一粒なんぼのだぜ?デカイだろ〜」
 世間で噂の大粒の甘いイチゴが真ん中にあり、ゼリーが故にその存在が見える。
 ドンと重みのある音と共に目の前に置かれ、手渡されたスプーンはカレー用の大きめのモノ。

「・・・イチゴを食べたければ、辿りつけってこと?」
「だな〜。前に丼ぶりアイスって言ってたし?チャレンジ、チャレンジ。そのうち知盛が旨いコーヒー淹れてくる」
 人の悪い笑みを浮かべ、あられをポリポリと気持ち良い音を立てて食べている。

「やる!イチゴは好きだ。このドーム型を制覇してみせるっ」
 弾力があるゼリーとの戦い。勝者にはイチゴである。
 気合も新たにゼリーを食べ続けた。




「すげ・・・食いきった・・・・・・」
 見ている方が目眩もののサイズを食べ終えた
 知盛の表情は読めないが、将臣は当てが外れたといった顔。
 食べきるとは考えていなかったらしい。

「イチゴ、うまうまだね〜。これ、粒のばら売りしてるだけある」
 ひとパック山盛りものとは格が違う。
 これぞ食べ尽くしたといった風情。
 淹れたてコーヒーで締めくくり、最早何も口に出来ない。

「・・・ゼリー、別腹?」
「う〜ん。一緒かなぁ?ゼリーってゲル状だもん。どこにも引っかからない」
「どんな理屈だよ、ソレ」
 自分では絶対に買わない、買えない高級イチゴに大満足。
 将臣の失礼な発言だって聞き流せる。

「ちょー豪華なお返しをありがとうございました!世間相場では三倍、その実等倍のところ、これじゃ五倍分!」
 ランチに、ディナーに、手作りのお雛様セット。
 二人の気持ちが凝縮された、イタズラ込みのもてなしが嬉しい。

「お嬢さんからならいつでも贈り物を受付中だ」
「あはは〜。お礼したいのは私の方なんですけど、贈ると逆に高くついちゃって悪いかな〜なんて」
 お礼がしたくてイベントを利用したりしているのに、逆に待ち構えられていたりと上手くいかないでいる。
 本日もまんまと知盛たちの手のひらで遊ばれ中。

「今度は酒ネタでも持ってきますね。知盛さんのバーテンさんとか似合いそうだし」
「あのな〜、お前はザルなんだから自覚しろ。酒の無駄」
「うん。私も将臣くんが寝ちゃうタイプとは初めて知ったよ。あれだね、愚痴とかからみ酒みたいのよりはいいけど」
 意外につぶれるのが早いのが将臣。
 知盛もザルだと思うが、飲み方が綺麗なのでザルの称号がつかないだけで、量は一番だろう。
 のは勢い酒というか、最後は飲めればなんでもイイ系統になるため、ザルのあだ名がつきやすい。

「では!ごちそうさまでした。これ、いただいていきます」
「少し待つんだな。将臣」
 が立ち上がり帰ろうとすると、知盛が呼び止める。
 その間に将臣が小さなブーケを持って来た。

「花。偶には潤い?」
「わ〜、可愛い。ピンクでまとめてある〜」
 小さなブーケは、ガーベラを中心にピンク系統で可愛らしくまとまっている。

「桃色・・・だろう?」
「う〜ん。知盛さんの気障っぷりには慣れたつもりだったけど。一本取られました。ありがとうございます」
 ぺこりと頭を下げると、
「俺にも」
 将臣が自分自身を指差している。

「将臣くん・・・も!巨大なゼリーをありがとう。次回はゼラチン分量を若干硬めで。ジュレ寸前だった」
「相変わらず厳しいな〜。次回は盛りつけに凝る方向で驚かせてやるからな」
「期待しないで待ってる。・・・おやすみなさ〜い」
 軽く手を振り、ドアから帰って行く。


「・・・あれ、要るって言うとは思わなかったな」
「さあ?片づけの仕方を変えたのだろうさ」
 捨てるというのは一番簡単だ。彼女は仕舞いたかったのだと思われる。

「来年の雛の節句には・・・早くから飾られてるんだろうさ」
「あ、そういう事。だったら、五人囃子っつーの?来年は男増やしてやろう」
 急いでインターネットで仕入れた写真を元に作った今年の雛祭りセット。
 殻を割ってしまったりと失敗もあって、三人官女までしか作れなかった。
「クッ・・・意味深だな。男を増やす・・・ね」
「なっ、だっ、男子だろうが。別にに男を紹介してるワケじゃね・・・・・・」
 将臣の言い訳は、知盛の“口封じ”により最後まで紡がれる事は無かった。







「可愛いぞ〜、君たち」
 チェストの上には急ごしらえの雛段。
 片手サイズのブーケも花瓶に活けて隣に飾った。
「こういうの、久しぶりだな・・・・・・」
 アルバムを紐解けば、雛段の前に写る自分と対面する。
 実家を離れ、季節や行事を意識しても、こうして部屋に何かを飾るのは珍しい。

「あれれ?お雛様をしまうのって、全部なのかな?お内裏様だけ残したら、意味無いとか?」
 所詮迷信だと言えばそれまでだが、せっかく作ってくれたモノを飾って置きたい。
「よしっ!お内裏様だけ残して、女の子ちゃんたちを撤収にしよう」
 都合の良い解釈をし、明日の朝一番に片づけようと誓う。

「お内裏様。ご縁を探してきて下さい」
 両手を合わせてしっかりお祈りをしてから眠りについた。





 言い伝えの類は都合よく解釈に限ります。
 雛の節句には、バイトくんお手製のお雛様セットが一瞬だけみられるようです。
 銀色カフェは午後から店じまい。
 またのお越しをお待ちしております。








(Printing day:2009.04.13)

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