[ 夏休みにも特別があるといいなの銀色カフェ ]




「閉まってる、閉まってる、閉まってるーーーーーーっ!!!」

 寝ぼけ眼で携帯を手に取れば、音量を最大にした覚えも無いのに辺り響き渡る通話主の声。
 確認するまでもない。相手はだ。

「・・・音割れてるっつの。店主にかわる」
 返事を待たずに背後で寝ている知盛へ携帯を差し出す。
 コール音で将臣より先に起きていただろうに、無視していたに決まっている。
 案の定、からだとわかっているからこそ珍しく受け取ってくれた。


「・・・盆にあたる一週間は、毎年夏季休業しているが?」
「私が休みじゃない。だからそんなの許せない。ありえないっつの!!!」
 閉まっている店の前で地団駄を踏み、大声で電話をしているの姿が目に浮かぶ。
 この時期、オフィス街で働く者の姿は、かなり少ない。
 相当に目立った行動をしていると思われ、数少ない通行人たちに振り返られているだろう。

「クッ・・・今年は夏季休暇がずれたのか?夏休みと盆休みは別だっただろう?」
「そんな単語は知りませーーーん!なんですか〜っての!けっ」
 知盛に向ってここまでぞんざいな口をきいた女は過去いない。
 おかげで、不快どころか興味深くすらある。
 隣で将臣も同様に感じていたのだろう。
 枕を抱えて口元を歪ませながら肩を震わせ、笑い声がの耳に届かないよう努力をしていた。

「とりあえず、今朝は諦めてくれ。昼には何か用意しておく」
「嘘ですよぉ〜だ。二度寝して下さい。じゃ!」
 声のトーンが変わっており、演技をしていたのだとわかった時には通話を切られていた。

「イタ電?」
 普通のイタズラ電話ではつまらないからと、将臣をからかったようにも取れる。
 拍子抜けな捨て台詞に、将臣は他の可能性を疑っているらしい。
 イタズラ電話ではないという確信が欲しい様子に、知盛は二度寝を諦めた。
「ああ。半々で・・・逆だな」
 半身を起して将臣を抱き寄せると、しばし思考の波にただよう。


「イタ電の逆?」
「イタズラは本当。アレは・・・最後が演技だな」
 他人の心に敏感な将臣の事。
 将臣の考えが正しいのだと、少しだけ後押ししてやれば自ずと答えは決まる。


「プール止めてさ、店で晩メシ用意しててやるっての、いいと思わね?」
 本日の午後は、優雅にホテルのプールで過ごそうと決めていた。
 知盛にとっては将臣が喜ぶからという理由なだけで、将臣が決めた予定変更に否はない。
 むしろ、将臣を余計なお嬢さん方の目にさらさずにすみ、大いに賛成方向。

「昼ではなくか?」
「ん〜〜〜。昼は違う気がするんだよな。慌ただしく食べさせるのも悪いだろ?」
 の食事速度は、どちらかといえば早い分類に属する。
 将臣がデザートを用意する時間が足りない言い訳なのが、手に取る様にわかる。

「・・・買出し時間も考慮してくれよ?」
「あ、そっか。新鮮お野菜も何もないんだっけ。いくら知盛でも、材料ナシじゃ作れないわな」
 休み前に上手く店の冷蔵庫はカラにしてある。
 将臣も思い出したのか笑いを零す。
 
「料理人への報酬は前払いで頼む」
「は?うわっ!!!」
 起き出そうとする将臣を一気にベッドへ沈め、予定より早起きさせられた時間を有効活用した。







「意味がわから〜ん!携帯もお返事ないですよ〜だ」
 普段のキーを叩く音と比較にならない、ポチポチとやる気のない音を人気のないフロアーに響かせている
「まあ、そういうな。誰かつかまらないのか?」
「加藤さんたちのパソメールはいけるみたいですね〜。リターンされてこないので。携帯電話は全滅みたいです。
コール音がしてないです」
 メールソフトを起動したままなので、新着があればすぐにわかる。
 わかるのだが、携帯電話の便利さに溺れていたのを非常事態にこそ思い知る。
 情報がとにかく集められないし、現場では更に何もわからない状態らしい。

「引き続き待機。何かあったら呼び出してくれ」
 日頃はひょうひょうと人の良いおじさん風な上司も、非常時にはとても頼もしく見えるのだから不思議なもの。
「人事か総務ですね〜?・・・こっちは帰ってもいいんじゃないかな〜〜〜」
「そう言うな。向こうは人の安否を気遣うだけで手がいっぱいだろう?烏龍茶でいいな」
「は〜〜〜い」
 言ってみただけのの心情まで理解して、自販機の烏龍茶をご馳走してくれようという上司に対し、それこそ
態度の悪いままの返事をしてやった。


 海外関係会社で災害やトラブルがあると、休日の場合は各部門で対応人員を呼び出すことになっている。
 大抵が上役たちだけで済むのだが、今回、日本では夏季休暇にあたる時期。
 は運悪く呼び出されてしまった。


「ETC千円の余波がこっちに来たよ・・・・・・」
 家族がある者たちは車での移動で、例年とは違った帰省予定になっていた。
 日頃呼び出されるマネージャーたちが、ことごとく実家に帰っており、こちらへ呼び戻すのも気の毒。
 親友のさはらは、珍しく北海道旅行をしている。
 楽しい旅行に水を差すのも忍びない。
 も実家へ帰省の予定だったが、電車の予定だったし、涼しい夜に移動しようとしていた時に電話が鳴った。


 『月読さんはもう帰省してる?予定では今日帰るみたいだけど』
 『山崎部長!?お疲れ様です。どうしました?まだ駅ですよ。涼しくなってからと思って、これからです』
 『僕も明日には会社へ行けるから、出勤をお願いしてもいいかな?詳細は明日』
 『・・・はい。お役に立てるかわかりませんが、電話当番くらいは出来ます』
 『悪いね。よろしく頼む』


 すぐに母親に電話をし予定変更を伝え、荷物を抱えて来た道を帰った。



「空港閉鎖の時よりマシなのが救いだけどね〜」
 上司がいないのをいいことに、机にタオルを敷いて突っ伏す。
 東南アジアの政情はあまりよろしくない。
 小さなテロではニュースにもならないほどに。
 出向で数名の日本人も働いているが、ほとんどが現地採用の人たち。
 その中には、会ったことがなくてもメールでやり取りしていた人もいる。

「クリスマスカードじゃ、住所しかわかんないよ・・・・・・」
 仕事のメールアドレスは知っているが、個人アドレスは知らない。
 それでもクリスマスカードを送り合ったりする仲だ。
 残念ながら現地のインフラを考えると、誰もがいつでもどこでもパソコンを使ってメールを送受信出来る環境が
整っているわけでもない。

「人の心配より、仕事の心配しなきゃってのが。どうもなぁ・・・・・・」
 部長の言う通り、働いている人々の心配は他の部署でしており、今頃必死に確認しているだろう。
 がしているのは、お盆前に到着予定だった書類の原本がどこにあるかなのだから、なんとも虚しい。
 特大の溜め息を吐いていると電話が鳴った。


「も、もしもし!?じゃなかった、××株式会社でございます」
「あ、月読さんだ。加藤で〜す。メールボックス、パンクさせられそ〜」
 少し声が遠いものの、すっかり現地に溶け込んで、日本人に見えないと評判の加藤からだ。

「・・・ふざけてないで。そっち、どうなんですか?みんな無事な感じ?会社は?」
「時差考えてよ。遅れても来られる人は会社に来てくれてるよ〜。俺も今は会社から。それより、各自がメールして
くるから、どれが緊急か判断つかないって。もう手塚さんがそっちは対応してくれてるけどね〜」
 人事も総務も、それぞれの担当がメールをしたのだろう。
 返事が無ければ再送信され、かなり集中したものと思われる。

「でさ、探してるだろうフェデの送り状見つけたから。こぴってFAXしたのに、エラーで返ってきちゃうんだよな」
「FAXだって電話回線と同じですよ。メールで番号教えてくれればよかったんじゃ?」
「あ!それは失礼しました。でも、もうメールも面倒。番号言うからメモして」
 言われるままにメモを取り、それをそのまま航空便会社のサイトで追跡をかける。
 もう日本国内に到着しており、上手くすれば夕方には受け取れる。

「ありがとうございました。もう日本に着いてました。後はこっちで探せます」
「そう?それじゃ月読さんの件は終了。山崎部長にもよろしくお伝えください。ビーチでバカンスの夏休みが
台無しな加藤でした」
 さっさと切れられしまい、満足に礼も伝えられなかった
 それでも、相変わらず海外向きで陽気な加藤のおかげで、少しだけ気分が浮上した。

「部長に報告!・・・あれ?電話・・・・・・」
 今朝、ようやく届いた第一弾の向こうからのメールは、電話は繋がらないから基本はメール対応となっていた。
 立ち上がったものの、思わず自席の電話機を見つめる。

「・・・人事、総務、部長が先!!!」
 社内の外線電話は使用中で繋がらないと判断し、階下へと駆け出した。





 日頃からは考えられない緊張感とざわめきの中を、ふらふらと目的の人物へ近づく。
「山崎部長。荷物、東京ターミナルまで着いてました。加藤さんから電話があって、ご本人は元気そうでした」
 暗に他の情報は得られていない旨をその場で伝えると、近くにいた数名の者が席を立ち上がる。
「電話来たの?」
「ええ、上に。・・・・・・なんか、下に来て納得です。繋がらないですよねぇ?向こうがかかるようになっても」
 代表電話番号は総務に繋がる設定になっている。
 その総務の電話がすべて塞がっている状態で、誰もが受話器を手にしているのだから、回線に空きがあっても、
誰も取れない。
 相手にはコール音だけが響いている事だろう。
 立ち上がった一人、総務の大ベテラン女性が手を叩いた。
「手塚さんと繋がってる回線は切らないでそのままキープ。他の番号を知らないと、代表にしかかけられないから」
 の言いたい事を上手く代弁してくれ、すぐに周囲に意図が伝わった。
 日頃、携帯電話を使用していると電話番号を覚えなくなる。
 便利に使っているうちは、もしもの時の番号を登録する事すら考えつかない。
 そうして緊急時にインターネットで番号を調べても、代表電話しか表記しれていないのだから、他にかけられない。
 発信は別の部署からかけるよう、移動が始まった。

「部長。私、上に戻ってますね。たぶん・・・メールの署名に電話番号があったからかけてくれたんだと思うので」
「わかった。後から戻るよ」
 大きくその場で一礼をすると、階段で自分の席があるフロアーへ戻った。





「四時に来てねっと!荷物はこれで全部かな〜」
 どうせ時間はあるのだからと、他から届く予定の荷物のチェックを始める
 毎年、休み明けにまとめて開封して確認をしていたのだが、今年は届いている分を探す余裕まである。
 本来総務が各部署へ振り分けるのだが、暇をいいことに、段ボールにまとめられている休み中に届いた小包類を
仕分けする。

「おぉ〜、私の担当地区のが届いてるぞぅ〜〜〜」
 仕分け一覧に記入し、そのまま受領印まで押してしまう。
 それ以外は総務で配ってもらうよう、別の箱に分類して入れておく。
 慣れれば楽しいものだ。ひたすら振り分ける作業を続けていた。



「郵便屋さんの気分〜〜〜」
「郵便屋さんには、遅くなってしまった烏龍茶と、下に昼飯。出前取ってあるぞ〜〜〜」
 部長が差し出してくれたペットボトルを受け取ると、
「ありがとうございます。荷物は四時に届きますよ。・・・そういえば、もう一時ですね〜」
 すっかり時間の感覚が狂っていた事を見上げた壁掛け時計で知る。

「珍しく空腹を訴えにこないから、村田女史が心配していたぞ。さっきは笑わせてくれたのにってな」
「え〜〜〜っ。荷物、上で分けてますねって言っただけでしたよ?下は人口密度が高いし、暑いから嫌ともいいましたけど」
 何となく電話が気になって、いつでも手を止められる仕事をしようと考えついたのはいいが、だれもが緊張している中で、
お気楽に荷物を分けているのは失礼かと階を移動したまで。

「その後に加藤君から電話があってな〜。月読氏のメールに笑わされたと言ってたよ」
「メールですか〜?そりゃ、重要とも緊急ともタイトルにつけませんでしたよ。人命より優先な仕事じゃないし」
 逆にそのひらがなばかりのタイトルが目立ち、加藤が最初に読んでくれたらしい。


  タイトル:つくよみさんのさがしもの
  本文:月読です。荷物さがしてま〜す。きがむいたらどなたか返事ください。
     ふぇで〜の追跡したいのです。夏恒例のレポートなアイツを捜索中です☆


「おかげで他の電話番号がわかったらしいぞ。代表以外の外線番号は、階数の違いだけだから。ここがわかれば他もね」
「手塚さん、総務の秘密の番号にかけたんですね?それは絶対に繋がりますね」
 本来の番号にかけると、交換機で操作されずに該当電話に直接かかる。
 かなりの裏技だが、知る者は知るといったところ。

「分け終わった荷物のお届けがてら、下でご飯してきま〜す」
「昼休み分、一時間休憩しておいで」
 気持ちよく送りだされ、件の村田女史のところへ出向いて行った。





「あ、来た来た。ちゃん、一緒に食べよう。全員の無事確認されたから」
「よかった〜〜〜。それだけわかれば後は・・・ってとこですよね。お疲れ様です。それと、私の荷物だけ取った残りを
郵便棚に置いておきました」
「ありがとう。休み明けの仕事、助かったわ。加藤君、笑ってたわよ。“月読さんのメールが冷静で面白かった”って」
 そう言われても、思わず顔がひきつってしまう。

(アレを冷静といわれると恥ずかしいぞ〜?)
 社会人としてどうしたものかという文面。
 だが、最初に読んでもらうほど重要とは自身は考えていない。
 考えてはいないが、会社として必要な書類がないのは後々困ったことになるのも確か。
 そんな板挟みでありながら、優先順位は上ではないと伝えたかっただけ。
 イタズラに近いメールでも役に立ったのならばいい。

「・・・それはさておき。私のお腹が空腹でへこんでます」
「そうね。食べましょう」
「はいっ!」
 周囲の空気も穏やかになっており、ミーティングルームで伸び伸びと食事をした。








「明日からの出勤者を確認する」
 順に名前が呼びあげられる中、だけが大欠伸。
 さすがに総務部長に睨まれるが、フロアーに午前中の緊張感はなく、連鎖反応のように誰もがリラックスしている。

「明後日には帰省中の連中が戻って来るから、交代も可能だ。明日まで、なんとか頼む」
 いくらトラブルに慣れていても、人手が足りない時期では対応しきれない。
 数名の者が首をほぐしながら順に手を上げている。

「・・・山崎部長。そちらは明日、どうしますか?」
「レポートも届いたし、こちらとしては仕事はないですが、人手が必要なら私が出ますよ」
 あと一日も二日も変わらない。
「月読くんは休日出勤と代休の申請してから帰っていいよ」
「え?私は大丈夫ですよ。ほら、お弁当の買出し〜とか、何気にお役に立つかも?この辺のお店、お休み多いし」
 コンビニかファーストフード店くらいしか、めぼしい食料調達先はない。
 少し遠くまで足を伸ばせる余裕があるお使い要員がいれば、他の人たちは仕事の手を止めなくて済む。
 
「じゃあ、お願いしましょう。私も出ますから。他に女性がいないのは寂しいし」
「女性枠でしたか?私って。どう考えてもおっさん枠・・・・・・」
 本気で言ったのだが、
「月読君。君がいると面白いから、暇なら来なさい。電話番でも郵便でもお使いでも、好きな事していていいから」
「了解です!ついでにお掃除当番も担当しま〜す」
 総務部長直々に出勤命令を言い渡され、ついでに再び笑いもとった。





「疲れちゃったぞ〜い。コンビニもファミレスも勘弁だよ」
 ビルを出ると、熱気の中、まだ微かに残る陽の明かりと、夜の帳の境目へ目を向ける。
 時間にしてまだ七時。
 夏の七時はようやく夜がくる気配を感じる程度。
 とはいえ、ひとりでどこかへ寄る気にもなれず、駅へ向かう。
 三日間、まともな食事をしていない。
 知盛のカフェが休みな事も忘れるくらい忙しかった。

「ちぇ〜っ。作るのも面倒だなぁ」
 嫌だ嫌だと言いながら、作るのはもっと嫌だ。
 こうなれば少し足を伸ばしてでも、まともな食事にありつこうとしたその時───

「あ。いた、いた。容疑者確保」
「はぅぅぅっ!な、何!?」
 突然、背後からの腕を掴んでくる手。
 振り返れば見知った顔で、
「将臣くん?何してるの?」
「はぁ?メールの返事が来ないから張り込みしてたんだっての。とりあえず来い」
 よたよたの足取りのが将臣の力に敵うはずもなく、引きずられるように知盛の店の方向へと連れられた。





「容疑者かくほーって感じ。知盛の読み、アタリだな」
 流れのまま椅子の前まで引きずると、バッグを隣の椅子へ置き、皆で食べる時の指定席へを座らせる将臣。
「クッ・・・いいから飲み物を取りに来い」
「はいよ」
 呆けて座るに脳の活動をさせるのは時間の無駄と、将臣を手招きする。
 
 今朝の様な電話自体があり得ないことなのだ。
 はトラブルがあって会社に出勤せざる得ない状態だったと判じるべき。
 答えは存外簡単で、疲れてメールもみていないし、帰社時間も定時と決められたものではないと想像がつく。
 将臣を駅で張り込ませたのは知盛。
 幸いにも小一時間でが現れた。

「とりあえず、これでも飲んで脳を冷やせ」
 おしぼりを頭へ、飲み物は目の前へ置いてやる。
 しばしの間の後、もそもそと頭上のおしぼりを手に取り開封し、手をのたのたと拭き終えると、ストローでアイスティーを啜りだす。

「・・・私、生きてる」
「みたいだな。知盛の美味いメシを食えば、すぐに復活だ」
 くすりと笑うと、の頭を軽く叩き、料理を並べるために将臣がカウンターへ戻った。





「あのぅ・・・今朝ほどはイタズラ電話をしまして、申し訳ございませんデシタ」
 たらふく食べてから詫びるのもなんだが、この招待の理由はひとつしか考えられない。

「さあ・・・な」
「いいって、いいって。ヒマしてたし」
 暇というのは違うが、こうも見事に食べきられると、作った方も気分がいい。
「えっと・・・食料難民しておりまして。あれです。出前だとかつ丼とか、ちょいと疲れるといいますか」
「で?コンビニも時々はいいけど、度々は嫌いでか?ファーストフード、めったにいかないもんな〜」
 少しお金を足してでも、自分の好みに作ってもらえるサンドとコーヒーの方がいいと断言していたのこと。
 無理して周囲にあわせて、いよいよ頭がまわらなくなっていたらしい。

「お前は胃袋と脳が直結だからな。わかりやすい」
 知盛が指での額を弾いた。

「はぁ。もう、言い訳のしようもないくらい事実なもので。その件については詫びようもないんですが」
 しょげていながらも視線は将臣に何かを訴えており、
「わかってるって。もちろんデザート有り。待ってろ」
 しっかりとその意味を理解した将臣が立ち上がった。





「コーヒーアフォガート。シンプルでいいだろ」
 の目の前で、バニラアイスにエスプレッソがかけられる。
「うわぁ・・・・・・単純にコーヒーアイスじゃないんだ・・・・・・」
 とけだすアイスとコーヒーが混じり合う箇所が、いかにもコーヒー牛乳。
 けれど、こちらは苦味が利いていて、かなり美味しそうな気配。

「ジェラートもありなんだが。今日はこちらの方がいいだろう?」
 感嘆の声を上げるに、他にも種類があることを説明する知盛。
「ジェラート・・・フローズンみたいな感じかな?それも美味しそう」
「知盛!余計なこというなよ。作れって言われるだろうが」
 口では否定をしているが、せっせと将臣は各種ジェラートも作っていた。

「明日は・・・開いてないですよねぇ。明日までお仕事なんだけどなぁ」
 胃袋には自信があるが、今から冷たいものを大量に食べるのは少々危険。
 冷え症のとしては避けたい事態になってしまう。

「別にいいぜ?俺は。夕方くるか?ジェラート、色々出来てるし」
「ほんとに?食べたいなぁ。でもでも、わざわざお店を開けてもらうのは悪いし」
 明日はサポート役なので、帰りは遅くならないだろうが、何かと時間が読めない。

「ならば・・・夏の宴を。三時には店にいてやるから、泊まりの準備をしてこい」
「あ、な〜るホド。俺たち、今はホテル暮らししてるわけよ。この時期出かけるなんて馬鹿らしいだろ?
プールも泳ぎたい放題だしな〜。どうせ部屋は余ってるから気にすんな!」
 知盛と将臣の間でだけ話が着々と進んでおり、の今の思考回路では着いていけていない。
 それに気づいた将臣が、の頭を掴んで上を向かせた。

「ここで!俺様の自信作、カフェ・ラテジェラートかレモンジェラートを食う。バニラはいつでも食えるだろうから後。
で、移動して中華食って、そのままホテルの部屋で飲み会。泳ぎたかったら水着持参。俺様は朝、泳ぐ。以上」
「・・・お泊り?」
「そうだ。土日で盆も終わっちまうし、すぐに来週はうちも平常営業。帰省するのも面倒だろ?」
 きょとんとしているの顔を、強引に知盛の方へ向けさせた。

「明後日の昼と夜は家の掃除。報酬はたんまり好きなものを食わせてやるし、最後にお前の家で落としてやる。どうだ?」
 夏に数日家を空けると、熱がこもって嫌な空気が漂っている。
 普段なら将臣が掃除担当だが、買出しとデザート作りをさせるとなれば、残る人手は客の
 食事あり、送迎ありとなれば答えはひとつ。

「わ!行く!行きたい。豪華ホテルライフと、知盛邸でご飯!食べたい」
「決まりだな。あと一日、しっかり働くように。知盛。今夜は片づけたらコイツを送ってから帰ろうぜ」
 後片付けも簡単なほど綺麗に平らげてある食器をとりまとめ始める。

「そう・・・だな。それだけ腹に詰めては歩けまい」
「ちょっ、失礼だな〜。そりゃ、食べ過ぎたなとか、スカートのホックをこっそり外しちゃおうかなと思ってましたけど」
 余りの空腹に一気に詰め込んだので、満腹感が後から押し寄せてきている。

「だよな〜。五人前なのに三人で食べて残っちゃいねーし。知盛はきっちりひとり分しか食わねぇし?」
 皿洗いをしながら将臣が笑い出す。

「料理本の人数分なんて、あてにならんデス!あんなの、小食な人や器に綺麗に盛り付け基準で、ちっとも胃袋基準じゃないよ」
 叫んで返すと、
「少しは恥じらいを持てと・・・以前に教えて差し上げたんだが?」
 テーブルを指で弾きながら、こちらは口の端を上げて皮肉った笑み。

「恥じらいうんぬんより、食べ逃しの方がもったいなくて死にそうです、隊長。人生、サバイバルっす」
「だろうな。正論だ」

 将臣ひとりでは片づけに時間がかかりすぎる。
 はひとりでも大丈夫だろうと、知盛もカウンターの内側へ移動した。





 大損しても、とびきりの幸運返しがあるかもしれません。
 ただし、お掃除要員というオプション付きで。
 銀色カフェの夏季休業、時々こっそり営業中です。








(Printing day:2009.12.14)

Copyright c 2005-2009 Sui Tsukuyomi. All rights reserved.